
Grasse.
豊かな水と肥沃な土地に恵まれたグラースは「香りの都」と呼ばれ、現在、世界の香水産業の中心地であり、シャネル N°5を生み出した原点の場所だ。
複雑なファセットをもつ
特別なグラース産の
ジャスミン
中世の時代、グラースは革のなめし加工が盛んな土地で、革のにおいをマスキングするために香水産業が始まった。革なめし産業が衰退したのち、フレグランスはグラースの主要産業へ発展していった。2018年には17世紀から現代まで継承されるグラースの植物栽培と調香のサヴォアフェールは、ユネスコの無形文化遺産として登録されるまでに至った。

グラースで作られる香料植物にはローズ ドゥ メ、ゼラニウム、チュベローズ、アイリス パリダ、そしてジャスミンがある。ジャスミンはインド産やエジプト産なども有名だが、グラース産はその香りの複雑さで格別だと言われる。
1921年にガブリエル シャネルが調香師エルネスト ボーに「女性そのものを感じさせる、女性のための香水を創ってほしい」とオーダーした際、唯一出した条件が、「最も美しい原料を使うこと」だった。そこで彼が選んだのが、“グラースのジャスミン”と呼ばれる、特別なジャスミン(学名:グランディフロラム)。ここで言うグラースは単なる産地ではなく、ここでしか育たない特別な香りをもつジャスミンの通称である。同じくグラース産のローズ ドゥ メとともに、この地で育つジャスミンはN°5の原点となる花だ。

夜に咲く“星の花”と呼ばれるジャスミン。開花シーズンは9月。“グラースのジャスミン”はフルーティ、アニマリック、グリーン……と複雑なファセットをもつため、高品質かつ希少とされている

シャネルの専属調香師であるオリヴィエ ポルジュ曰く、「グラースのジャスミンは複雑なファセットをもつ、特別で希少な香りで、シャネル N°5で使われるジャスミンは、ミュル家が栽培するグラースのジャスミンだけです。1本のシャネル N°5 パルファム 30mlを作るには、ジャスミンの花1000輪を必要とします。ジャスミンは夜明けとともに香りが最高潮を迎えるため、早朝に収穫。ジャスミンは繊細な花のため、すべて熟練の職人が手摘みで収穫します」
5枚の花びらを持つ
“星の花”ジャスミン。
シャネル N°5 との
深い縁を感じさせる


1921年の誕生時から使われてきたジャスミン。その品質を守るために3代目調香師ジャック ポルジュは1987年にグラースのジャスミンを栽培する農家、ミュル家とパートナーシップを結び、現在に至る。曽祖父の時代から土地を守り、高品質なジャスミンを生産しているジョセフ ミュル氏