高尾山の裏の顔を歩く【井之脇海と、山の話 第17回】

 新宿から電車に乗れば1時間で登山口まで行けてしまう、高尾山。フラットに整えられた歩きやすい道もあり、リフトやケーブルカーも整備されていて、多くの観光客やハイカーに親しまれる「みんなの山」ですよね。

 僕の初高尾山は、大学1年生のとき。映画を作る学部にいたので、友人たちと映画制作のために自然の音を収録しに行ったんです。集音に夢中になりすぎて、気がついたらもう夕暮れ。どんどん暗くなるし、高尾山薬王院参道の灯籠がぼんやり灯ってなんだか怖いし、みんなでリフト乗り場を目指して走りました(笑)。

 2回目は、昨年の秋。僕のこの連載を知った山友達が、「高尾山の奥深さを見せてやろう」と誘ってくれたんです。高尾山にはいくつも登山ルートがありますが、混雑するのは高尾山駅からつながる表玄関的なルート。その友人が連れて行ってくれたのは、たとえるなら裏口から入るようなもの。「日影」バス停から登り始めて、気持ちがいい林道を5時間ほどのんびりと歩きました。

 3回目の今日は、前から歩きたいと思っていた「裏高尾縦走」。高尾山の付近には、陣馬山、景信山、小仏城山という山があって、その頂上をつないで歩く6時間ほどのコースです。高尾山の頂上から陣馬山につながる尾根道を裏高尾と呼ぶそうで、人も少なめ。春は桜、秋は紅葉、冬は木々が落葉して、眺めが楽しめるよ、と、以前山の友人が教えてくれました。

 さあ、今は夏。登山の楽しみは、山頂でのおいしいビールでしょう! 帰りはリフトで安全に降りることにして、ゴールは高尾山に設定。陣馬山の登山口「和田峠」をスタート地点にして、朝8時から登り始めました。

梅雨の切れ間。霧がたちこめて、植物がきらきら輝く。登山中、歩くときは距離を取ります。マスクは着用するけれど、熱中症予防のため、苦しくなったら人がいない場所で適宜はずして。人が多い場所でもマスク着用。登山も新しいマナーで。

 いきなりの階段の急登を乗り越えると、あまりアップダウンもなくゆるやかな道が続きます。ただ、数日降り続いた雨で、数カ所はもう“田んぼ”状態。くるぶしくらいまで泥につかるほどのぬかるみで、途中、すれ違うベテラン登山者風の方々に「この先はすごいよ、歩くとこないよ」と、何度か脅されました(笑)。

 陣馬山から景信山に向かう途中は、草が繁りすぎてかき分けるようにして進んだり、ものすごく大きく張られた蜘蛛の巣に水滴がたまって、まるでアートのようだと観察したりと、人が少ないエリアだからこその山の景色と出合えました。

 今回、初めて知ったんですが、高尾山には四季を通じて1600を超える植物が自生しているんだそうです。その数、イギリス全土で自生する植物の数と同じ! 昆虫の種類も5000種はいるのだとか。都会から近い山でここまで自然が残っている理由にはふたつあるらしく、ひとつは暖温帯と冷温帯の境目に位置しているため、両方の気候の植物が入り交じっているから。もうひとつは、高尾山全体が信仰の対象なため、古来伐採や殺生が禁じられていて、森林保護がなされていたから。登山中は蝶や鳥が飛んできたり、いろんな花が草むらの陰で咲いていたり。歩くことに没頭しがちで動植物にうとい僕でも気がつくほどなので、高尾山の自然ってすごい!


道中、ヤマユリが満開。

標高599mの高尾山。駅近くに「高尾599ミュージアム」という高尾山の博物館や温泉もあり、帰りに寄るのも楽しい。

 景信山と小仏城山の山頂には茶屋があって、「景信茶屋 青木」では高尾山近辺で採れる山菜を天ぷらにして食べさせてくれる、とも聞きました。春から夏にかけてはカンゾウ、コゴミ、アカシアの花、クズなどそのときどきで採れるものを揚げたてで出してくれるそうですよ。どんな味なんだろう……。土日だけの営業なため、残念ながら今回はお休み。

 スタートしてから歩くこと5時間。コースタイムより早めに高尾山頂上につきました! 茶屋に飛び込んで、ビールとおでんを注文。前に友人と来たときも同じ茶屋に入ったのですが、やっぱりおいしい! いくつもある茶屋のごはんを食べることを目的に季節を変えて通う人もいるくらいだそうで、高尾山の魅力は、気軽さと自然だけにあらず。

小仏城山の頂上でひと休み。コーヒーを自らドリップで。「連載11回目で対談した小雀陣二さんからいただいた道具が、コッヘル、ドリッパー、カップが全部マトリョーシカみたいに収まってすごくいいんです!※茶屋の営業状況やメニューは新型コロナウイルス等の影響によって変更になる可能性があります。

井之脇さんのそばから離れない蝶。しばらく腕に止まり愛でていたら「痛っ!」。蝶にちくっと刺された井之脇さん。

ときおり日が差して、歩いていて気持ちがいい。

 僕としても新たな高尾山を知ることができました。もっと長いコースも設定できるので、アルプス縦走に向けて歩く練習にまた来ようかな。

Profile
いのわき かい●俳優。1995年神奈川県・横須賀生まれ。父の影響で登山を始め日本百名山制覇(ただいま10座)が目標。ドラマ「アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋」(フジテレビ)に出演中。インスタグラム(@kai_inowaki)で、山の写真も発信しています。

SOURCE:SPUR 2020年10月号「井之脇海と、山の話」photography: Kazuhiro Shiraishi hair & make: Takeharu Kobayashi edit: Tomoko Yanagisawa

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