目で聞き、耳で見る修行の山を歩く【井之脇海と、山の話 第19回】

 高尾山に続き、今回も東京の山に出かけてみました。向かった先は、独自の山岳信仰で栄える御岳山。都心から2時間弱でアクセスでき、ケーブルカーを利用すれば初級者でも手軽に歩ける山です。

 まずは、情緒あふれるお土産店や宿坊が立ち並ぶ参道を抜け、武蔵御嶽神社を目指します。古くからここにお詣りにやって来る団体は、「御嶽講」と呼ばれてきました。神社内には、日本武尊が難を逃れるときに導いたとされる「おいぬ様」が祀られており、近年は愛犬家も数多く参拝に訪れる名所となっています。

736年に創建された武蔵御嶽神社は、武蔵エリア、相模エリアから多くの氏子が詣でる山岳信仰の場として発展してきた。「おいぬ様」が祀られていて愛犬家に人気のスポットでもある。その「おいぬ様」の正体とは、畑を荒らす鹿や猪を追い払ってくれるニホンオオカミなのだそう。

 この神社の先から、本格的なトレッキングコースが始まります。今回はロックガーデンと呼ばれる大岩や滝が点在する緑豊かなコースを、3時間ほどのんびり周遊する計画を立てました。街中にはまだ蒸し暑い夏の名残が漂っていましたが、ケーブルカーを降りて歩き始めた山中はなんだかひんやり。同じ東京とは思えないほど、気持ちのいい空気が流れています。
 僕が山に出かけるときは、父親と一緒のことがほとんどです。父は50歳を超えた今も体力が自慢で、僕より歩くのが速いほど。百名山に登ることをライフワークにしていて、今や北海道や屋久島などアクセスが難しい場所以外はほとんど登ってしまい、二百名山や三百名山にまでターゲットを広げています。必然、一緒に登る山は標高の高い山ばかり。御岳山のような低山や里山に登る機会は、これまであまりありませんでした。

 もちろん、標高が高く、登りごたえがある山歩きは楽しい。しかし、早朝から登り始め、お昼頃には下山して温泉で汗を流した後にビールを一杯。そんな登山も僕は大好きなんです。ここは都会の喧騒から離れて気軽に歩くのにぴったり。夏には涼しい沢があり、広葉樹の豊かな森は紅葉の時期もきっときれいでしょう。都内にもこんな素敵な環境があったんですね。

ロックガーデン内に流れる綾広の滝は、古来神事の場として使われてきた。幽玄な雰囲気が漂う。


 お昼過ぎには神社周辺に戻り、宿坊「山楽荘」にて昼食の御膳をいただきました。庭先や山で採れたばかりの食材がふんだんに使われていて、登山中に見かけた花々もお膳を彩ります。豪華な食事に舌鼓を打ちつつ、江戸時代から続く宿坊の18代目ご主人・片柳至弘さんにお話を伺いました。

「山楽荘」のご主人、片柳至弘さんのお話は興味深いものばかり。「修行とは、ただきついことばかりをすればよいわけではない」とのこと。なるほど。

料理はどれも丁寧な仕事が光る。この地域では刺身蒟蒻を「山河豚」と呼ぶそう。


 御岳山では、神社の門前に25軒ほどある宿坊のご主人それぞれが「御師(おし)」として活動しています。御師とは「御祈祷師」の略称で、神主や宮司と同じ役目を果たす方々のこと。各宿坊ごとの御師が、各地からやってくる氏子さんを導きながらさまざまな修行を行うのです。

 中でも、片柳さんは現在も滝行を手がけている数少ない御師のひとり。滝行というと、冷たい水を浴びるつらそうな姿ばかりがフォーカスされがちです。しかし、滝までの行程を歩きながらいくつもの儀式をこなしつつ、徐々に気持ちを高め、自分の中に下ろした神様になりきって自然と同化することが重要なのだとか。これって、役になりきる僕の仕事にも近いかもしれません。機会があれば、ぜひ参加してみたい。

天狗岩を覆うように力強く生える根は、樹齢の古い大木だろう。

 お話の中でおっしゃった「目で見て、耳で聞くことは当たり前。目で聞き、耳で見ることも大切」という言葉が、とても印象に残りました。たとえば、木々が風にそよぐ様子を見れば葉が擦れ合う音を感じられるし、滝が流れ落ちる音を聞けば高さや大きさが想像できると。自分に重ねてみると、役者の仕事は台本に書かれたことだけを演じればいいのではなく、台本の声を聞いてより深い意味や背景も紐解き、常識にとらわれず、柔軟に物事を捉えるべきなのでは―?。この言葉が最近ひとりでモヤモヤと考えていたことへのひとつの答えのようで、とてもスッキリしました。

ツリフネソウ。水の側を好んで自生する植物らしく、発見した先には沢が流れていた。花を見て、地形を感じ、想像する修行。

 ちなみに、御岳山では滝に打たれることだけでなく、歩いて山から山をつなぐ「山架け」、現代でいう「縦走登山」のような歩き方も修行のひとつとされているそうです。こんなに山のパワーを感じられて気持ちのいい修行があるのならば、僕は毎週でも御岳山に来たいな。

山楽荘
東京都青梅市御岳山108
0428-78-8439
1泊2食つき平日¥8,900~・休前日¥9,900~・昼食の御膳料理¥2,500・ 要予約
定休日:不定休

Profile
いのわき かい●俳優。1995年神奈川県・横須賀生まれ。父の影響で登山を始め日本百名山制覇(ただいま11座)が目標。主演ドラマ「ハルとアオのお弁当箱」(BSテレ東)が好評放送中。近況をアップしているインスタグラム(@kai_inowaki)も必見!

SOURCE:SPUR 2020年12月号「井之脇海と、山の話」
photography: Kazuhiro Shiraishi hair & make-up: Taro Yoshida edit: Kei Ikeda

FEATURE