人間離れした作品数に圧倒されるアラーキーの展示#21

博愛と才能に満ちた写真家、荒木経惟の展覧会「写狂老人A」が、東京・初台の東京オペラシティ アートギャラリーで開催されています。オープニングの日に急いで行ったら、ギリギリアラーキーさんのお姿を拝見することができました。スタッフのガードが固くてご挨拶はできなかったのですが、お元気そうで良かったです。国民的に愛されるアラーキー氏。今回の作品も見応えがあり、アラーキー氏の日常から妄想の世界まで浸ることができました。

まず、入ってすぐにバーンと現れるのは、人妻ヌード「大光画」。「週刊大衆」の袋とじで人気のシリーズで、わけありフェロモンが漂っていながら、同性として親近感の持てるボディに癒されます。「全ての女は美しい」というアラーキー氏の名言が心をよぎり、勇気を与えられます。唐突に楳図かずお先生の写真が入っていて、女の業を中和していました。

迫力の人妻写真。刺激的すぎるのでモノクロで良かったかもしれません……

「空百景」はモノクロームの空の写真が並んでいて、日々の空がこんなにドラマティックなことに驚かされます。常に私たちの頭の上で展開している、雲と空の織りなすアート。でも誰もが足早にうつむき加減に歩いているから気付かないのです。アラーキー氏の雲の写真は、人の命の儚さを感じさせました。毎日この空の下のどこかで人が生まれ、死んでいるのです……。熟女の次にこんな哲学的な作品が出てくるとは意表を突かれました。
「花百景」は、アラーキー氏にとって生と死をつなぐモチーフである花をモノクロで撮影したシリーズ。黒が濃く出ていて、華やかさとは別の花の一面を見たようです。

蛇の模型と美女の妖しいコラボに目が奪われる「遊園の女」シリーズ

ここまででも200点くらいの作品数で見応えがあったのに、続いての「写狂老人A日記 2017.7.7」は、アラーキー氏の日常のシーンの写真がずらっと並んでいて圧巻です。「7.7」は亡き妻陽子さんとの結婚記念日だそうで、亡くなってもまだ永遠に続く夫婦愛に胸が熱くなりました。日々の写真は陽子さんへの報告も兼ねているのでしょうか。食べた物や街の風景、仕事の撮影、空、植物、人形など様々な被写体が入り交じっています。信号を渡る人、誰かを待っている人、家族連れなど、通行人の写真も多くて、個人情報がどうこうと言われがちな昨今、街の人を撮ってもキャラで許されてしまいそうなアラーキー氏は希有な存在です。むしろ写り込んでいたら嬉しいかもしれません。こちらは全687点もありましたが、時々シュールで笑える写真もあるので見過ごせません。

著作リストを並べたら廊下の端が見えないくらいの長さに!

さらに初期の作品である「八百屋のおじさん」の写真集も展示。銀座で行商している八百屋のおじさんから昭和感がたちのぼります。くわえタバコで路地裏で野菜を売る姿がかっこよくて、アラーキー氏が惹かれたのも納得です。そしてデジタルカメラで撮影された「非日記」シリーズはカラーだけれど叙情性の漂う作品群。遊郭の女をイメージした「遊園の女」、切り裂いた作品をランダムに他の写真と組み合わせた「切実」シリーズと、後半まで見応えありすぎでした。これらの膨大な作品を分類するアラーキー氏の脳内データベースはどうなっているのでしょう。天才なだけでなく、左脳も発達していそうです。

トドメは著作リストのコーナーで、タイトルを並べただけで壁一面を使っていて、合計521冊出されているのに驚愕。年10冊以上のペースです。印税は計算……するのはやめておきます。以前対談でお会いした時、「もう金はいらないから名誉が欲しい」と冗談っぽくおっしゃっていましたが、本を出しすぎて麻痺してきているのでしょうか。それでも、写真家としてずっと世の中に必要とされているのは何よりも名誉だと思います。また、ほぼ同時期に東京都写真美術館で「荒木経惟 センチメンタルな旅 1971-2017-」が開催されているというのにも驚きました。天才は体力的にも天才でした……。


「荒木経惟 写狂老人A ARAKI Nobuyoshi: Photo-Crazy A」
期間:~2017年9月3日 (日)
時間:11:00〜19:00(金・土曜日は20:00まで。 入館は閉室30分前まで)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日) 8月6日(日)
場所:東京オペラシティ アートギャラリー[3Fギャラリー1, 2] 
東京都新宿区西新宿3-20-2

http://www.operacity.jp/ag/exh199/j/information.php

辛酸なめ子プロフィール画像
辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。

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