テートのヌードにまみれる展示 #30

人間の生まれたままの姿を芸術に昇華した刺激的な展示「ヌード NUDE -英国テート・コレクションより」が、横浜美術館で開催されています。公式サイトには「*本展には性的表現を含む作品も含まれております。」というフレーズが。通常の美術展とは別種の期待を抱きつつ会場に伺いました。

開幕直後に「客層はどんな方が多いですか?」と学芸員の長谷川さんに聞いてみると、「男性がひとりで来てじっくりご覧になっていますね。6、70代の方が多いです」だそうです。美術展ということで、堂々と家族に言って来られたのでしょう。実際、閉館間近の美術館でじっくり見てるおじさまがいました。もちろん女性の友達連れやカップルのお客さんも多いそうです。カップルが興奮しすぎないか老婆心ながら心配しつつ会場の中へ。

会場は8つの章で構成されていて、イギリスのテートが所有する珠玉の作品がひしめいています。1章「物語とヌード」の部屋は神話を題材に用いたヴィクトリア朝美術が並んでいました。「プシュケの水浴」(フレデリック・レイトン)は、美しいプシュケが水浴前に衣服を脱ぐ自己陶酔した姿を描いています。「締め出された愛」(アンナ・リー・メリット)は女性画家による、クピド(キューピッド)の背面ヌード。女性画家が男性のヌードを描くと批判された時代に、クピドの少年の裸体を描くことで、世間の目をかいくぐりました。こちらとしては美少年ヌード大歓迎です。ブロンズ像「テウクロス」(ハモ・ソーニクロフト)は、ギリシャ様式で弓を射る英雄テウクロスの姿を創出。黒光りする裸体と、全身の張りつめた筋肉に引きつけられますが、股間には葉っぱが……。神話を題材にしたヌードの作品は女性のヘアもないし、乳首の色も薄くて、高次元の浮世離れした肉体を表現しています。


女性の裸体を美しく見せるしどけないポーズで描かれた作品。「布をまとう裸婦」(アンリ・マティス)、「ソファに横たわる裸婦」(オーギュスト・ルノワール)

2章「親密な眼差し」は、よりリアルに市井の人々のヌードを描いた作品が並んでいます。「浴槽の女性」(エドガー・ドガ)、「布をまとう裸婦」(アンリ・マティス)、「浴室」(ピエール・ボナール)など、日常にたたずむ裸婦たち。それでもまだ裸婦は美しく、ふわっと描かれています。当時の芸術家は女性の裸体を観察する目が優しかったのでしょうか。唯一、攻撃的な気配を感じたのが「裸の少女」(グウェン・ジョン)という作品。硬直したポーズで「はぁ?」みたいな表情でガンを付けている少女がモデルですが。グウェンは、かわいいけれどイヤな性格なモデルの少女に悩まされ、早く解放されたい一心で描いていたそうです。2章の作品は、画家とモデルの関係についても想像が膨らみます。

「女性像」(バーバラ・ヘップワース)、「首飾りをした裸婦」(パブロ・ピカソ)など、女性の強さを感じる作品も


3章「モダン・ヌード」は、ヌードに向き合い、再構築した前衛的な作品のコーナー。キュビスムで表現された「首飾りをした裸婦」(パブロ・ピカソ)、裸体の兵士のいまわのきわを表した「倒れる戦士」(ヘンリー・ムーア)など。白と青の角張った立体がうごめく「泥浴」(デイヴィッド・ボンバーグ)はとてもそうは見えませんが、泥風呂に入る様子を描いているとか。この部屋のヌードでもし興奮できる人がいたらよほどの上級者です。

4章「エロティック・ヌード」は、この展示の目玉「接吻」(オーギュスト・ロダン)が鎮座しています。なんとテートでも目玉の作品が運ばれてきて、日本の人々にお披露目。裸体で接吻する二人も、世界旅行できて密かに喜んでいるのでは? ハネムーン気分かもしれません。 ギリシャ製の大理石で彫られた重厚感ある作品で、重さも3.5トンあるとのこと。周囲を回って観賞すると、秘部が見えそうで見えない高さなのが悶々とさせられます。ゲイのアメリカ人コレクターが、ロダンにこの作品を依頼するとき、男性器をしっかり彫ってほしいとオーダーしたそうです。私はジャンプしてもギリギリ見えませんでしたが、高身長の方なら確認できるかもしれません。背面の筋肉美に見とれる女性客も多いそうです。この部屋は、奥のケースや壁にひっそりとターナーやホックニーの絵 (ゲイ男子の日常を描いた素敵な作品)、ピカソのエロティックなエッチングも展示されていて、長時間いたくなる空間でした。

テートに、なんでこの作品を貸し出したのかというクレームが来るほど大人気の「接吻」(オーギュスト・ロダン)。照明も計算されています

5章「レアリスムとシュルレアリスム」は、シュール好きの日本人に人気のコーナー。ジョルジョ・デ・キリコやマックス・エルンスト、マン・レイ、ハンス・ベルメールなどの作品が並んでいて、耽美やシュールの世界に浸れます。美術好きが一度は通る道かもしれません……。

6章「肉体を捉える筆触」の部屋は、テート以外の日本国内から特別出展されたフランシス・ベーコンの大作「横たわる人物」「スフィンクス-ミュリエル・ベルチャーの肖像」が目を引きます。来日したテートのスタッフもこの作品を生で見て興奮していたとか。また、ルイーズ・ブルジョワが晩年、90代後半に赤い絵の具で描いたエネルギッシュな作品群に、最後の生命力のほとばしりを感じました。

日本国内の美術館(右・東京国立近代美術館 左・富山県美術館)から貸し出されたフランシス・ベーコンの二作品は美醜を超えたヌードに圧倒されます

7章「身体の政治性」はフェミニストの視点からの問題提起だったり、ゲイの男性を描いていたり、考えさせられる作品が並んでいます。意識が高い作品で、裸体に興奮とかいう次元ではなくなります。ヌードをテーマにしているからか、作品のコンセプトが心に入ってきやすいです。8章「儚き身体」では、さらにリアルな裸体を突き付けられます。肉体も諸行無常、形あるものはいつか崩れます。「セルフ・ポートレート」(ジョン・コプランズ)は、70代男性の巨大な裸体写真。体毛やしわなども如実にさらけ出されています。6、70代の男性客も多いそうですが、最後の方にこの作品が出てきて、強制的にスッと現実に戻されそうです。ヌードへの期待、興奮、そして沈静化と、構成も完璧な展示でした。

 

特設ショップにて。「接吻」にちなんだ、キスの前の口をミントの香りにするキャンディがセンス良いです

「ヌード NUDE - 英国テート・コレクションより」
期間:~2018年6月24日(日)
時間:10:00~18:00(5月11日(金)・6月8日(金)は20:30まで。入館は閉館30分前まで)
休館日:木曜日・5月7日(月)(5月3日(木・祝)は開館)
場所:横浜美術館 
横浜市西区みなとみらい3-4-1
https://artexhibition.jp/nude2018/

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テートのヌードにまみれる展示 #30の画像_1
女性の裸体を美しく見せるしどけないポーズで描かれた作品。「布をまとう裸婦」(アンリ・マティス)、「ソファに横たわる裸婦」(オーギュスト・ルノワール)
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「首飾りをした裸婦」(パブロ・ピカソ)、「女性像(バーバラ・ヘップワース)など、女性の強さを感じる作品も
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「首飾りをした裸婦」(パブロ・ピカソ)、「女性像(バーバラ・ヘップワース)など、女性の強さを感じる作品も
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テートのヌードにまみれる展示 #30の画像_4
国内の美術館から貸し出されたフランシス・ベーコンの二作品は美醜を超えたヌードに圧倒されます
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テートのヌードにまみれる展示 #30の画像_5
ショップにて。「接吻」にちなんだ、キスの前の口をミントにするキャンディがセンス良いです
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