江戸の奇想ヴァイブスを吸収 #奇想の系譜展 #40

伊藤若冲展が大ブームで4~5時間待ちとなり、列待機中の給水所まで設置されたのが2016年のこと。その時会場だった東京都美術館に、若冲を含む江戸の傑作絵画が集結。また盛り上がりそうな予感です。

「奇想の系譜展」は1970年に出版された美術史家・辻惟雄氏の名著『奇想の系譜』にちなんだ江戸時代の奇想天外な絵画の展示。レセプションの日には辻惟雄氏と展示監修の山下裕二氏のミニトークもありました、辻先生の東大での教え子だったという山下先生。「この展示で親孝行は果たせたかと思います」と自信を見せました。辻先生は「今日まだ食事していませんがこの展示で満腹になったような感じ」とアカデミックなジョークで静かな笑いの波が起こっていました。本物の知識人は芸術で満腹になれるんですね……。展示への期待が高まります。

長沢芦雪による「白象黒牛図屏風」。黒牛よりも寄り添っている犬がかわいすぎで目立っています。ショップで文房具にもなっていました。

入ってまず、若冲の「象と鯨図屏風」が目立つところに展示されていて、陸の王者と海の王者の共演に圧倒されます。なぜか象が猫のように香箱座りをしている……。江戸時代の人はなかなか象を見る機会などなかったのでしょう。

この展示は、うろ覚えで想像力を駆使して描かれたような動物の絵が結構あって、それがえも言われぬ魅力を醸し出しています。伊藤若冲の「虎図」は猫のように肉球をなめる姿がかわいいです。曽我蕭白の「獅子虎図屏風」は、獅子は顔面が龍のようで、虎の模様も縞とぶちが混ざっています。いっぽう長沢芦雪の「群猿図襖」の猿は毛並みや体のバランスなどがリアルなので、当時猿はわりと身近にいたのかもしれません。

「百鳥百獣図」鈴木其一。写真は「百獣図」。白象にラクダ、牛、ヤギ、鼠など多種多様の動物が描き込まれています。その頂点は、善政の時代に現れるという麒麟だそうです。

現代は検索すれば一瞬で動物の写真が出てきてしまうのが便利な反面、奇想の入る余地がないです。鬼や龍など想像上の生き物だけでなく、象や鯨、虎など目にする機会がない動物たちをなんとか想像して、画力で説得力を持たせた江戸時代の絵描きの熱意を感じます。

白隠慧鶴禅師の「蛤蜊観音図」。タコ、エビ、亀などを頭に乗せた存在が周囲に集っています。元祖さかなクン的な……。

白隠慧鶴禅師の「蛤蜊観音図」は、唐の文宗帝がハマグリを食べようとしたところ貝が開かないのでお香をたいたら、ハマグリから観音様が現れた、という故事に由来しているようです。ボッティチェリの貝殻の上に現れた女神ヴィーナスを連想させられます。貝は古今東西、女性性の象徴なのでしょうか……。そのハマグリ観音の周りに、タコやエビ、ウツボや亀などが擬人化したようなキャラがいるのに奇想センスを感じます。

江戸時代の奇想は、牧歌的な面だけではありません。岩佐又兵衛の「山中常盤物語絵巻」は、MOA美術館で見た時にも衝撃を受けましたが、この展示でも惨殺シーンがフィーチャーされていました。牛若丸の母親、常盤御前が侍従と一緒に旅しているさなかに、盗賊に襲われ衣服をはぎ取られて刺し殺されるというシーンが描かれ、血の気を失っていく女性たちの半裸や、赤い血しぶきが脳裏に焼き付きます。同じ作者の「浄瑠璃物語絵巻」のゴージャスな世界観でショックを癒したいです。

伊藤若冲作「乗興舟」は「拓版画」という特殊な技法でネガフィルムのような雰囲気を出しています。さすがのセンスです。

そして歌川国芳の「鬼若丸の鯉退治」や、なめくじが這ったあとが芸術的な長沢芦雪の「なめくじ図」、裸の人体で顔が描かれた「みかけハこハゐがとんだいゝ人だ」、猫の体で文字が書かれた「猫の当字 ふぐ」などのシュールな作品で現実逃避。江戸時代の画家の発想力に感じ入ると共に、現代人の想像力の退化を痛感せざるを得ません。描き込み具合が半端ない、グロテスクシーンがヤバい、動物の形態がおかしい……など奇想の世界を堪能。ふだん使わない脳の部分が刺激される展示です。

岩佐又兵衛「山中常盤物語絵巻」第四巻より、常盤御前が盗賊に惨殺されるシーンはショッキングです。

パルコとコラボしたグッズも展開。奇想センスは時代を超越しています。

奇想の系譜展@東京都美術館

期間:~4月7日(日)
時間:9:30~17:30(入場は閉室30分前まで)
休室日:月曜、2月12日(火)※2月11日(祝・月耀)、4月1日(祝・月曜)は開室
場所:東京都美術館 企画展示室
東京都台東区上野公園8-36
https://kisou2019.jp/

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江戸の奇想ヴァイブスを吸収 #奇想の系譜の画像_1
長沢芦雪による「白象黒牛図屏風」。黒牛よりも寄り添っている犬がかわいすぎで目立っています。ショップで文房具にもなっていました。
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江戸の奇想ヴァイブスを吸収 #奇想の系譜の画像_2
「百鳥百獣図」鈴木其一。写真は「百獣図」。白象にラクダ、牛、ヤギ、鼠など多種多様の動物が描き込まれています。その頂点は、善政の時代に現れるという麒麟だそうです。
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江戸の奇想ヴァイブスを吸収 #奇想の系譜の画像_3
白隠慧鶴禅師の「蛤蜊観音図」。タコ、エビ、亀などを頭に乗せた存在が周囲に集っています。元祖さかなクン的な……。
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伊藤若冲作「乗興舟」は「拓版画」という特殊な技法でネガフィルムのような雰囲気を出しています。さすがのセンスです。
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岩佐又兵衛「山中常盤物語絵巻」第四巻より、常盤御前が盗賊に惨殺されるシーンはショッキングです。
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パルコとコラボしたグッズも展開。奇想センスは時代を超越しています。
辛酸なめ子プロフィール画像
辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。

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