魂バイブレーションが共鳴する、塩田千春の展示 #44

国内外で活動する塩田千春の大規模な展示が森美術館で開催。GINZA SIXの吹き抜けの作品を手がけたり、注目が高まっているアーティストです。展覧会名『塩田千春展:魂がふるえる』という展示名に偽りなく、随所で魂がふるえる展覧会でした。

「不確かな旅」は、全長280キロメートルもの赤い毛糸が使われているそうで気が遠くなりますが、糸の織りなす形はずっと見ていても飽きません。

エスカレーターの上からも糸でつくられた船が下がっていて目が奪われますが、会場に入った途端、誰もが息を呑む光景が。「不確かな旅」は船の形のフレームから天井、壁に向かって大量の赤い糸が張り巡らされています。一見すると船が燃え上がっているようにも見えます。

「糸はもつれ、絡まり、切れ、解ける。それは、まるで人間関係を表すように、私の心をいつも映し出す」  

塩田千春氏の言葉が壁にプリントされていました。人は一人では生きていけない、そして生きている間は多くの人と接点を持って、人生の舟を進めていく、そんなメッセージを感じました。この作品を見ていた時、数年会っていなかった知人と遭遇したのも、運命の糸の交錯のようでした。

集大成として、幼稚園や学生時代の作品も展示されています。海外への意識が高く、京都精華大学美術学部に在学中の94年にオーストラリア国立大学に留学し、96年には渡欧してハンブルグ美術大学に入学。97年から98年にはブラウンシュヴァイク美術大学でパフォーマンス・アートのパイオニア、マリーナ・アブラモヴィッチに師事し、その後ベルリン芸術大学でレベッカ・ホルンにも師事。海外の美大にいったい何校行っているのかという話ですが、それが世界的に活躍できるセンスと底力を養ったのでしょう。

過激なパフォーマンスで知られるマリーナ・アブラモヴィッチですが、そのワークショッブの内容が紹介されていて、一読して裸足で逃げ出すレベルでした。

「ワークショップは15名の生徒が北フランスの城で断食修行するもの。その間、1時間かけて自分の名前を書く、目隠しをして雪のなか湖の周りを歩く、鏡を持ち後ろ向きで家に帰る」など……。『ガラスの仮面』の紅天女の修行でもこんなに厳しくなかったような……。メンタルが強い天才しか残れなさそうです。4日間の絶食の後に、塩田氏の口から発せられたのは「Japan」という単語だったとか。

翌日、塩田氏は全裸で斜面をよじ登り、洞窟に入って、転げ落ち、またよじ登る、というパフォーマンスを行いました。その時の映像も流れていましたが、極限の体験をしたあとの表情は無心で、白い肉体からは神々しさを感じました。

時空の反射」白いドレスが真ん中の鏡で反射して、映り込む鑑賞者も黒い網にとらわれるようです。

そのような経歴を知ってから作品を見ると、より説得力と強さを感じます。第一回横浜トリエンナーレで話題になった「アフター・ザット」という作品は、長さ7mの泥まみれのドレスが吊り下げられ、その上からシャワーの水が流れ続けるというもの。
「ドレスは身体の不在を表し、どれだけ洗っても皮膚の記憶は洗い流すことができない」というコンセプト。

同じく生きることの大変さが伝わる作品では「外在化された身体」が、自身の闘病と重ね合わせているようでした。バラバラのパーツの手足の上に、赤い網が吊り下がっています。辛い体験も作品に昇華することができる塩田氏の強い心は、やはりあのワークショップで培われたのでしょうか。

「小さな記憶をつなげて」は、ずっと眺めていたくなるかわいいオブジェが並んでいます。少女に年齢退行しそうです。

でも、一転して楽しい気持ちにさせられたのが「小さな記憶をつなげて」。ドールハウスやおままごとに使われる小さな家具が赤い毛糸でつなげられていて、子どもの頃の記憶を呼び覚まします。ベルリン在住の塩田氏のセレクトしたおもちゃはどれもおしゃれでした。「あれかわいい~」と盛り上がっている女性も。

焼けたピアノと椅子が異様な存在感を放つ「静けさの中で」。焦げ臭さが残留しているようで、嗅覚にも訴える展示です。

場面が変わって、不穏な存在感を放っていたのは、「静けさのなかで」という作品。焼けたピアノと焼けた椅子が、黒い糸に覆われています。いわくつきのピアノや椅子から負のエネルギーがあふれそうになるのを、黒い糸が結界として押しとどめているように見えました。形あるものはすべて滅びる、という現実を痛感させられます。

「集積-目的地を求めて」のスーツケースの中には動いているものがあって不思議です。中にモーターが入っているそうです。こちらもずっと眺めていたくなる作品。

「集積-目的地を求めて」は、大量のスーツケースが揺れ動きながら、空にのぼっていくようなインスタレーション。スーツケース1つ1つが、人生を表しているようで、あの世に向かう魂の列に見えました。厳粛な気持ちになります。

そして最後、魂についてドイツの子どもたちが語る映像に浄化されました。「魂は私の心の中にある。もしかしたら体全体かも」「魂は常に自分自身に正直であろうとする」など、ピュアな子どもたちの悟っているような言葉に魂のふるえが止まりませんでした。一回死んで臨死体験したような疑似感が得られました。
作家の魂のふるえと、見る人の魂のふるえが共鳴し合い、バイブレーションに包まれる会場。それが妙に心地よく、孤独感が癒されました。

「赤と黒」は、赤毛糸と黒毛糸が巻かれた美しい柱。「黒は広大に広がる深い宇宙を、赤は人と人とをつなぐ赤い糸、または血液を表す。」そうです。

「塩田千春展:魂がふるえる」

期間:~10月27日(日)
時間:10:00~22:00 ※火曜日のみ17:00まで ※(入場は閉館30分前まで)  ※ただし10⽉22⽇(⽕・祝日)は22:00まで
場所:森美術館
東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー 53F
https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/shiotachiharu/

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魂バイブレーションが共鳴する、塩田千春のの画像_1
「不確かな旅」は、全長280キロメートルもの赤い毛糸が使われているそうで気が遠くなりますが、糸の織りなす形はずっと見ていても飽きません。
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魂バイブレーションが共鳴する、塩田千春のの画像_2
「時空の反射」白いドレスが真ん中の鏡で反射して、映り込む鑑賞者も黒い網にとらわれるようです。
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魂バイブレーションが共鳴する、塩田千春のの画像_3
「小さな記憶をつなげて」は、ずっと眺めていたくなるかわいいオブジェが並んでいます。少女に年齢退行しそうです。
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魂バイブレーションが共鳴する、塩田千春のの画像_4
焼けたピアノと椅子が異様な存在感を放つ「静けさのなかで」。焦げ臭さが残留しているようで、嗅覚にも訴える展示です。
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魂バイブレーションが共鳴する、塩田千春のの画像_5
「集積-目的地を求めて」のスーツケースの中には動いているものがあって不思議です。中にモーターが入っているそうです。こちらもずっと眺めていたくなる作品。
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魂バイブレーションが共鳴する、塩田千春のの画像_6
「赤と黒」は、赤毛糸と黒毛糸が巻かれた美しい柱。「黒は広大に広がる深い宇宙を、赤は人と人とをつなぐ赤い糸、または血液を表す。」そうです。
辛酸なめ子プロフィール画像
辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。

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