キンクイ展、開幕。心に訴えかける王侯貴族の顔圧 #57

絵画のジャンルで最もおもしろいのは、実は肖像画かもしれません。世界でも稀な肖像専門美術館「ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー」から、イギリスの王侯貴族の肖像画や肖像写真などおよそ90点が来日する「KING&QUEEN展」が上野の森美術館で開幕しました。

※ポルトガルの王妃カタリナはポルトガル名で、イギリスに渡りキャサリンとなった。


イギリス王室の、テューダー朝から現在のウィンザー朝までの約500年に亘る5つの王朝から選りすぐられた王族たちの肖像画が並ぶ圧巻の展示。ロイヤルファミリー好きにも要チェックです。

緋色のカーテンをくぐると、赤いマント姿のエリザベス2世が出迎えてくださいました。この世の栄華を極めているイギリス王室にはどんな方々が連なっているのでしょう……。歴史の裏側も垣間見えそうです。

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ヘンリー7世の墓に装飾されたブロンズ像を模した「ヘンリー7世」。枕に寝ているみたいな快適そうな像です。
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版画「ヘンリー8世」。ふたりの妻、ひとりの枢機卿、20人以上の貴族たち、4人の公僕、6人の友人や側近を処刑しまくった王の人相です。

イギリスがヨーロッパの中で勢力を増してきたテューダー朝からは、イカつさが半端ない「ヘンリー8世」や、9日間だけ女王になったけれど16歳で斬首処刑された「レディ・ジェーン・グレイ」、プロテスタントを何百人も血祭りに上げて「ブラッディ・メアリー」と呼ばれ怖れられた「メアリー1世」などの、人間の業や残酷さ、薄幸感が漂う肖像画が出展。延臣だけでなく、自分の妻まで処刑しまくっていたヘンリー8世の肖像画は2枚ありましたが、どちらも関わったらヤバイ人感が漂っていました……。肖像画家が美化してこれなので、実物はどんなに恐ろしかったことでしょう。エリザベス1世の肖像画の大量のジュエリーが、イギリス王室の権威やパワーを物語っていました。テューダー朝は、エリザベス1世の死で終焉。

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宝石まみれだけれどあまり幸せ感がない「エリザベス1世」(右)と、若くして処刑された「レディ・ジェーン・グレイ」(左)。顔の系統が似ています。
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「チャールズ1世の5人の子どもたち」。チャールズ2世となる少年が、獰猛そうな犬を手なずけていて将来の権力を物語っています。

続いてのステュアート朝は、スコットランドから来た「ジェームズ1世」から始まります。ヘンリー8世と比べると温和そうでホッとします。その息子である「チャールズ1世」の肖像画は、さらに話がわかる王、というイメージ。芸術活動を支援していたそうです(その後、政策を批判され処刑されてしまいましたが……)。

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「チャールズ1世の5人の子どもたち」には、王室の可愛いお子さんたちが描かれています。しかし、内覧会の際、解説してくださった中野京子先生によると、描かれた5人のうち、女の子たちは幽閉されたり小さいうちに亡くなったりと不遇な運命が。王族だからといって安泰ではありません。天使のような美少年に描かれていた長男も、隣の「チャールズ2世」肖像画では天狗のような、鼻に絶倫感漂うおじさんとなっていました。隣には正妻「キャサリン・オブ・ブラガンザ」の肖像画が。ポルトガルからやって来た王女は、多額の持参金と、北アフリカのタンジールとインドのボンベイ(現在のムンバイ)といった領地を持参金として持ってきたそうです。中野京子先生いわく、この肖像画のドレスは古臭いと当時の人々に笑われていたとか。時代を超えても普遍的なダサさが感じられますが、まじめな性格は伝わります。チャールズ2世にはたくさんの愛人がいて、あろうことか正妻の隣に愛人の肖像画が! そんな並び順にも胸騒ぎを感じる物語性のある展示です。「アン女王」の肖像画に漂う寂しさに後ろ髪を引かれながら、続いての王朝へ。

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乗っていた馬がモグラの穴に足を取られて転倒し、落馬死してしまった「ウィリアム3世」の肖像(右)と、妻の「メアリー2世」(左)。メアリー2世は慈善事業に熱心だったそうです。
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ハノーヴァー朝ジョージ1世の横顔の肖像画。ドイツからやってきた彼は、ドイツ語読みではゲオルクだったそうです。
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喪に服しているヴィクトリア女王。81歳で亡くなる2年ほど前の姿ですが肌が美しいです。

ヴィクトリア女王の時代になると、やはり18歳で即位した「ヴィクトリア女王」のカリスマ感がロイヤルファミリーを牽引している印象です。ヴィクトリア女王はイケメンの従兄弟、アルバート公と恋に落ち結婚します。その時着用した純白のドレスが、現在のウェディングドレスの発端になったそうです。9人の子どもを授かり、幸せそうな家族の光景の絵も展示されていましたが、夫は腸チフスを患い結婚21年で他界。悲しみに暮れた女王はその後死ぬまでずっと喪に服し続けて黒いドレスを着用。それが現代の喪服のルーツになったとか。なんと、冠婚葬祭のルールがヴィクトリア女王の影響で決まっていたとは。それだけインフルエンサー的な存在だったということでしょう。(ヴィクトリア女王一人の影響からそろそろ現代人は自由になっても良いような気もしますが……)

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まるで祭壇のようなセットに飾られた「エリザベス2世」。モノクロ写真に彩色されています。
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在りし日のダイアナ妃と王子のポートレート。マーガレット王女の元夫、スノードン卿撮影です。

そして1900年代から現在に連なる「ウィンザー朝」。1800年代後半になると写真も登場し、この王朝のパートは写真多めです。恋のために王冠を捨てたストーリーが世間を騒がせた「ウォリスとエドワード」の写真も展示。写真を見るとウォリスの方が惚れているのが伝わってきます。国中から敬愛されている、エリザベス2世の写真も豊富で、少女時代からコーギー犬が好きだったとわかる「エリザベス女王とコーギー犬ドゥーキー」や、美男美女だったことがわかる「エリザベス女王とフィリップ公の結婚式」の写真、荘厳で美しすぎる戴冠式の写真、そして特殊な技法で顔が浮き上がっているように見える「エリザベス2世(存在の軽さ)」など、これまでの長い治世に敬意を表したくなるラインナップ。

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「エリザベス2世(存在の軽さ)」はアーティストのクリス・レヴァインによる特殊な技法で浮き上がらせた写真。目を閉じている姿にも品格があります。

悲劇的な死を遂げた、ダイアナ妃の肖像や写真も豊富で、改めて美しさにハッとさせられます。21歳の頃のウィリアム王子の写真も神がかったイケメンぶりでした。キャサリン妃と結婚し、今やお父さんに……そしてヘンリー王子も野心的な美女メーガン妃と結婚し(これもまた写真からヘンリーの方が惚れているのが伝わりました)、波乱の人生に……と、見ているうちに畏れ多くも親類のような気持ちになっていました。肖像画や肖像写真を眺めて、パーソナリティだったり、表情にこめられた思いを受け取っているうちに、勝手に王族が近い存在のように思えてきます。海外に行けない今、「KING&QUEEN展」では、時間を超えてイギリスの過去と現在をタイムトラベルできたようでした。

ロイヤルファミリーの肖像で運気が上がるのか期待していましたが、ロイヤルファミリーは庶民以上に運命の重荷が課されていて大変なことがわかりました。そんな彼らに敬意を表しつつ、平民の現実に戻りました。

ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー所蔵
KING&QUEEN展
ー名画で読み解く 英国王室物語ー

期間:2020年10月10日(土)~2021年1月11日(月・祝)まで
時間:10:00~17:00 1/1除く金曜日20:00まで  ※入場は閉館30分前まで
休:無休 ※開催日時などにつきましては、新型コロナウイルス感染症の問題で
変更の可能性もあるので、念のため下記HPなどでご確認ください。

日時指定制(当日券販売あり)
会場:上野の森美術館
住所:東京都台東区上野公園1-2
https://www.kingandqueen.jp/

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辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。

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