肖像画と物語について。画家・横尾忠則、小説家・平野啓一郎と語らう

画家・横尾忠則の創作の秘密をひもとくべく、対話に臨んだのはプライベートでも親交のある小説家・平野啓一郎。「平野さんは聞き上手なんですよ」との言葉どおり、横尾自身も意識していなかったその思考過程が、平野によって明らかにされてゆく

NHK大河ドラマ『いだてん』の題字やポスターデザイン、展覧会『奇想の系譜展』のスペシャルビジュアル制作など、82歳となった現在も創作ペースは衰えず、話題に事欠かない横尾忠則。昨年には、フランスのカルティエ現代美術財団の依頼で、同財団ゆかりのアーティストの133点に及ぶ肖像画を制作し、画集『カルティエ そこに集いし者』も刊行された。その尽きぬ発想力や創作意欲はどこからくるのか。その秘密の端緒に触れるべく、“対話相手”として横尾のアトリエを訪ねたのは、小説家の平野啓一郎だ。肖像画を描くこと、絵画における物語性とは、といった論点を通じて、平野が横尾の創作について尋ねるスリリングなひとときが始まった。

横尾忠則。アトリエにて。背後の壁にはデザインを手がけたNHK大河ドラマ『いだてん』のポスターが貼られている

横尾忠則。アトリエにて。背後の壁にはデザインを手がけたNHK大河ドラマ『いだてん』のポスターが貼られている

横尾 平野さんと初めて会ったのは美術関係の雑誌で対談したときじゃないかな。学生時代に芥川賞を受賞して三島由紀夫の再来と騒がれていたから興味がありました。

平野 僕は音楽が好きで、サンタナのアルバムジャケットにTadanori Yokooって書いてあるのを見て、あ、日本の人がデザインしたんだ、と思っていたんです。また、好きだった三島由紀夫のエッセイにも、よく横尾さんの名前が出ていた。あるとき、それが同じ人だということに気づいて、それから存在を意識するようになりました。

横尾 僕は作家とのつきあいも多いけれど、親しくなることはめったにないんです。平野さんとは年齢もずいぶん離れているけれど、あまり意識しないで話せますね。

平野 横尾さんの話にはジョン・レノンやダリ、ウォーホルといった有名人も綺羅星のごとく登場するんですが、本で知っているものとは全然違う、横尾さんならではの逸話がたくさんあるんです。絵についてもずいぶんいろいろなことを教えてもらいました。ピカソの何がすごいのかを、電話で一時間も二時間も話し込んだりします。

横尾 平野さんはよく質問されるんです。実は僕は質問されるのが大嫌いなんですよ。質問に対する回答が僕の中にないのに、必死になって探し回らないといけない。でもそうするといつの間にか、自分が今まで考えたことのないようなことを話している。それは相手によって引き出されているんです。平野さんはしゃべり上手だし、聞き上手でもある。彼の好奇心によってこちらが引き出されるんです。

平野啓一郎(左)と 横尾忠則(右)。 平野はこのアトリエにもしばしば訪れている
平野啓一郎(左)と 横尾忠則(右)。 平野はこのアトリエにもしばしば訪れている

―― 平野さんが特に好きな横尾さんの絵は何ですか。

平野 その時々の気分によって違うので、一点あげるのは難しいですね。

横尾 気分が大事なんですよ。できあがってしまった知性とか教養ってつまらない。気分というのは生理的、刹那的なものだし、僕は刹那的に描いているから。だから準備したりするのは大嫌い。努力が大嫌いなの(笑)。

平野 音楽は練習しないといけないけれど、小説も絵も練習というのがあまりないですよね。本番を描きながら(書きながら)いろんなことを試していくことになる。

横尾 でも小説と絵は似て非なるところがありますよね。

平野 横尾さんとお話ししていて、その違いについてはずいぶん考えさせられました。小説にできることは小説でやったほうがいいし、逆に美術家があまり文学的になりすぎるのもどうかと思うようになった。主題が文学的すぎる絵画は、やっぱりちょっとつまらない。

横尾 ロマン派の時代までは絵画も割と文学を重視していたんだけれど、それ以降、とくにセザンヌが出てきてからは純粋絵画の追求といったことが始まった。

平野 横尾さんの作品は物語を連想させるところもあるけれど、文学的なアプローチとは違いますよね。画面の中で起きていることが全部、筋道だって説明できるという感じではない。

横尾 ピカソはどの絵にも物語があると言っている。僕は物語を作ることには興味があるんだけど、文学に傾いてくると絵画ではなくて絵物語、イラストレーションになってしまう。昔は何を描くのか主題が見つからないと描けないと思っていたんですよ。画家に転向してからとくにそう感じていました。ところが自分が生きるということを考えると、主題なんか必要ないわけですよね。そのばかばかしさに気づいたら今度、いかに描くかという様式に興味が湧いてきた。でもそのうちにそれもつまらなくなってきて。何を描くかでも、いかに描くかでもなく、いかに生きるかみたいなことになってくる。そうなると主題も様式も必要なくなって、その場限りの刹那的なチャンス・オペレーション(作曲の過程で偶然性に委ねる手法)みたいに肉体的になってくる。

平野 僕もあと2、30年たったら、そういう境地に至るかもしれない(笑)。

横尾 小説は主題がないと書けないでしょう。絵に意味は求めません。

平野 やはり意味の世界ですからね。瞬間的に感じ取れる絵画と違って、小説は読むのにけっこう時間がかかるから、意味がないと読者もつきあいきれない。(続きを読む)

SOURCE:「A Portrait Of An Artist」By T JAPAN New York Times Style Magazine:JAPAN BY PHOTOGRAPHS BY SAKIKO NOMURA, EDITED BY NAOKO AONO JUNE 06, 2019

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