ダイヤモンド賛歌からグラフィック効果まで、ハイジュエリー新作諸々

去る7月、パリではオートクチュール週間に数々のメゾンからハイジュエリーが発表されました。今回特に際立ったのは、宝石の最高峰であるダイヤモンドの追求と、ジュエリーの常識を破る斬新なアプローチです。

まず、タイトルからしてダイヤモンドを謳ったのは、ヴァンクリーフ&アーペルによる「レジェンド オブ ダイヤモンド」。二つのチャプターのうち「25 ミステリーセット ジュエルズ コレクション」なる第一章は、ダイヤモンドを中心にサファイア、ルビー、エメラルドという四大宝石に限り、特別なセッティングを施した25点のユニークピースです。きっかけは4年前にメゾンが手にした、色、科学的基準での純度、そして透明度と全てにおいて類まれな原石から切り出した、計441.75カラット/67ピースのダイヤモンド。パズルのようだったと想定される切り出しは、3Dソフトウェアを駆使して様々なカットのピースの配置シミュレーションをすることによって、成功したそうです。ちなみにミステリーセッティングとは、金属の構造体に、爪やその他の金属の露出を避けつつ石をはめ込むと言う高度な技術で、メゾンのシグネチャー。また第二章「ホワイトダイヤモンド バリエーション」は、ヴァンクリーフ&アーペルが設立された1906年に遡ります。ここでは、メゾンにおけるダイヤモンドのクリエーションのアーカイブスから抜粋したデザインが、モダンに再解釈されているのです。当時のデザイン画と併せて見ると、面白さも一際。

私がダイヤモンドを選んだのは、最⼩のボリュームで最⼤の価値が表現できるからという名言を残したのは、マドモアゼル シャネル。彼女による最初で最後のハイジュエリーコレクションをもとにダイヤモンド・ジュエリーを掘り下げたのが、シャネルの「コレクション1932」です。マドモアゼル シャネルが「Bijoux de Diamant」(ダイヤモンド ジュエリー)を発表して物議を醸したのは、ちょうど90年前の1932年。不景気に抗って売り上げ回復を狙うロンドン ダイヤモンド商業組合が、ダイヤモンドを提供しつつクリエーションの依頼をしたのは、ほかでもないマドモアゼル シャネルでした。彼女は、天体に加えリボン、フリンジ、羽など好みのモチーフをホワイト・ダイヤモンドのみでつくり、ジュエリー界では初めて “コレクション”の概念を提案しました。そして作品の収録を、映画館で広告フィルムとして上映。なぜなら、自身のアパルトマンを会場にクリスチャン・ベラールやジャン・コクトーらアーティストの友人たちを巻き込んで、まるで展覧会のように仕立てた展示会は、安い入場料で一般客にも公開されたからです。しかも入場券売り上げの一部は慈善団体に寄付。なんというモダンさでしょう! ファッションデザイナーがハイジュエリーで成功することに、ヴァンドーム広場のジュエラーたちはこぞって抵抗しましたが、時遅し。つまり、「Bijoux de Diamant」はジュエリーを超える深い意味を秘めていたのです。これらの逸話を熟知しつつ、シャネル ジュエリー クリエイション スタジオ ディレクターのパトリス ルゲローは、「コレクション1932」のクリエイションにあたってテーマを絞り込みました。コメット(彗星)、月、そして太陽……マドモアゼル シャネルが育った修道院のモザイクに描かれていたモチーフです。プレゼンテーションでは、光を最小限に落とした広大な会場に、ダイヤモンドを中心にサファイヤやルビーを伴って表現された81ピースが配され、まるで夜空に吸い込まれるようでした。

一方、別の形でモードをハイジュエリーへと落とし込んだのは、ディオール ファインジュエリー部門のアーティスティック ディレクター、ヴィクトワール・ドゥ・カステラーヌ。クチュールにインスパイアされる彼女が初めてモードをジュエリーで表現したのは、服の構築性を表現した2014年のアルシ ディオールでした。それに続き、ディオール ディオール ディオールではレース、タイ&ディオールでは染色、ガロン ディオールでは縁飾り、とテキスタイルにフォーカスしています。そんな彼女による最新の大胆なアイデアは、ファブリックのプリントを石のセッティングに置き換えること。こうしてできたのが、チェックやストライプ、花柄などをまるで点描画やクロスステッチのように、敷き詰めた石で描いた137点から成るコレクション「ディオールプリント」でした。単に柄を施しただけでなく、うねる生地の表面で歪んで見えるモチーフを正確な遠近法で増減していくには、大変高度な技術と膨大な時間が必要だったとか。

最後に特筆すべきは、エルメスの“Les jeux de l’ombre”。ジュエリー部門のクリエイティブ・ディレクターを務めるピエール・アルディの今回のテーマは、"光と陰影"です。53点から成るコレクションでは直接的、ビジュアル的な表現よりも深く、内省的なアプローチが感じられました。光と陰、と言っても単なるコントラストではありません。ジュエリーの一連に見るのは光と陰のつかみどころのなさと、時間を追って刻々と変化する様。白または鮮明な色の石をマットな黒のヒスイに乗せたり、カッティングを施さないボリュームのある石とパヴェを組み合わせたり、対照的な色で仕立てた同じデザインで同じサイズのモチーフをレイヤードしたり、と大胆な提案は数知れません。エルメスのハイジュエリーは、アートの域に達したようです。

text: Minako Norimatsu

ファッション・ジャーナリスト 乗松美奈子プロフィール画像
ファッション・ジャーナリスト 乗松美奈子

パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
https://www.instagram.com/minakoparis/

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