折れない情熱を持つ4人の挑戦サステイナブルはじゃない

2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す17のゴールを掲げたSDGs。あらゆる産業の中でも特に環境負荷が大きい産業と言われるファッション界で、未来のために歩みを続けている4人に話を聞いた

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お金が最優先ではなく、
愛が最優先の社会に生きること

PROFILE

モデル

小野りりあん さん

Lillian Ono

1989年青森県生まれ。日本人の母とスコットランド人の父を持つ。14歳からモデル活動を始め、22歳で休止し、国際環境NGO「350.org Japan」に参加。2018年より「スパイラルクラブ」に携わる。
Instagram: @_lillianono_

1・2 海面上昇から国土消滅の危機にある、南太平洋の島国ツバルを訪れたときの写真。そこに暮らす人々の姿を見て、気候変動の影響を最も受けている国の一つであるにもかかわらず、「幸せになるためには、温かい人間関係だけで十分なのかもしれない」と気づかされたという

 昨年10月から、世界の環境活動家や専門家を訪ねる旅をしているモデルの小野りりあんさん。旅を実施するにあたり、「なるべく飛行機に乗らない」という条件を自らに課した。「自分の一年間のカーボンフットプリント(CO排出量)を調べてみたら、半分は飛行機の利用から来ていることがわかったんです。環境活動家の友人やグレタ(・トゥーンベリ)が飛行機に乗らずに旅をしているのを見て、自分でも実行することにしました」とその理由を挙げる。

心を打たれた、12歳の少女の
「伝説のスピーチ」

 環境問題への関心は幼い頃から育まれた。母の友人が見せてくれたセヴァン・スズキの「伝説のスピーチ」と呼ばれる映像がきっかけだった。1992年にリオデジャネイロで開催された環境サミットで、当時12歳だったセヴァンが、子どもたちの貧困や環境破壊により失われつつある動植物の生命について訴えたスピーチだ。小野さんはセヴァンの「勇敢で真実を突き刺すように話す姿」に深く心を打たれたという。「彼女は、『直し方のわからないものを壊し続けるのはやめてください』と訴えていました。私も将来仲間を見つけて、環境や人類にとって大切なメッセージを伝えたいと思いました」

 やがて、モデルとしての仕事を始めるが、22歳のときに活動を休止し、世界を見て知る旅に出た。インド、アメリカ、カナダとさまざまな土地を訪れ人々に出会うが、なかでもデンマークにあるIPC(International People’s College)で3カ月間学び、世界中から集まった生徒たちとさまざまな社会問題について議論したことが、本格的に環境問題に取り組むきっかけとなった。帰国後は、国際環境NGO「350.org Japan」に参加。そして環境について話すことをテーマに活動するオープンコミュニティ「スパイラルクラブ」にも携わる。

一人ひとりが行動することが
社会を変える力になる

 日本からフェリーに乗ってロシアに渡り、シベリア鉄道でヨーロッパへ。"飛行機になるべく乗らない旅"をしながら、小野さんは各地で出会った環境活動家や参加した環境イベント、自らの目で見た気候変動のありようについて、インスタグラムで発信していった。

「モデルは、若い世代に生き方の参考にしてもらいやすい。気候変動に対してできることを、等身大で実行している姿は、みんなのインスピレーションにもなれるのではないかと思い発信してきました」

 ファッション産業は世界で2番目に環境汚染を引き起こしている業種と言われているが、小野さんは「ファッション業界のみならず、今の社会システムは持続不可能」と述べ、国の政策や法律にも関心を持ち、そこから変える必要性を訴える。
「地球は私たちがいなくなっても存在するけれど、私たちは地球ありきの存在。利益を最優先にする社会システムのためにCOが排出されすぎ、今や地球全体が火事になっている。この10年で減らせるCOの排出量に、人類が30年後にどれだけ生き残れるかはかかっています。自分には小さな力しかないと思っても、行動することは世界を変える力になる。政治家が社会や法律を変えることを待つのではなく、私たちが社会に働きかけることで世界は変わり始めます」

 小野さんの夢は、「愛と好奇心を原動力に、できることはすべてやったよと、次の世代の子たちに言えるように行動することと、その行動を周りのみんなにも伝染させられるようになること。そして、お金が最優先の社会から愛が最優先の社会に生きることですね」

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一枚の服を買ってもらうことで
ハッピーが続いていくのが夢

PROFILE

ロンハーマンディレクター

根岸由香里 さん

Yukari Negishi

1977年栃木県生まれ。文化服装学院卒業。セレクトショップで販売、企画、バイイングなどの経験を積む。2008年ロンハーマン立ち上げ時にサザビーリーグへ。バイヤーを経て2016年ウィメンズディレクターに。

1 ウィメンズ18枚、キッズ5枚が対象で、展示は千駄ヶ谷店を皮切りに6つの直営店を巡回。オークションの申し込みは3月22日までウェブサイトで受け付け中。売上金は障がいのある子どもたちへの支援金として認定NPO法人「フローレンス」に全額寄付される

2 (右)ラクエル・アレグラはレッド・ツェッペリンの「胸いっぱいの愛を」からインスパイア (左)前合わせがピン留め仕様のMIZUKI。ピンはホワイトゴールド

3 (右)デミリーは二人の娘たちとともにデザイン。シャツには長年集めてきたヴィンテージのトリムを刺しゅう。カーディガンのボタンもヴィンテージ(左)レース刺しゅう入りのユニオンランチのシャツ
https://wittyvintage-foundation1976.com/

満を持して今季から始める
チャリティ企画の背景

 ロンハーマンが今春「FOUNDATION 1976」というチャリティ企画をスタートさせた。1976年の創業時からロン・ハーマン氏が唱える「すべてはハピネスのために」という言葉から発想し、クリエーションに紐づけた社会貢献活動だ。舵取り役の根岸由香里さんは出産を経験したり、異業種の人と話したりするうちに、ファッション界に身を置くことの葛藤が深まったという。

「ファッションには夢があるし、なくなるものではない。でも華やかさの裏にあるものを知るうちに、ただ素敵というだけではもういけないんだ、と気づき始めたんです。地球環境とファッションとの難しいバランスの中で、どう行動すればいいか、整理できずに思い悩みました。それでここ2、3年は表立ってサステイナブルと言わずとも、素敵と思って買っていただいたものが、実はSDGsに当てはまっていた、というアイテムが増えていけばいいと思っていたんです。けれど日本社会もファッション界も機が熟したのを感じて、もう一歩前に出て姿勢をきちんとオープンにしていこうと、この取り組みを始めることにしました」

「FOUNDATION 1976」は18人のクリエイターに、ヴィンテージストア「Witty Vintage」から提供された30〜60年代のドレスシャツに創作を加えてもらい、オークション形式で販売する企画。

「『Witty Vintage』を営む赤嶺ご夫妻と商談をしていた際に偶然この話になり、お二人に障がいのある息子さんがいることもあって、取り組みに共感していただけました。すでにあるものに新しい何かを加えて、別の価値が生まれるのがいいと話をしていたところ、古着のビブドレスシャツを提供していただけることに」

 根岸さんが普段からつき合いのあるクリエイターに、この企画に賛同してシャツにリメイクを施してほしい、と依頼したところ、18人全員がすぐに快諾。自分に依頼してくれてうれしい、という声もたくさん聞かれた。

「ラクエル・アレグラは『染めるからシャツに多少シミがあってもOKよ』と言ってくれましたし、ジュエリーデザイナーのMIZUKIは初めて服のデザインをすることになりましたが、MIZUKIらしいものに仕上がりました。軸にサステイナブル精神を持つユニオンランチは、職人の技術を守りたいとレース工場と協力し、カットワークレースを施したシャツに。デメリーは『ニットを加えてもいい?』と提案があってニットつきです」

SDGsを実現するために
この業界ができること

 この企画を進めるうちに気づいたのは、サステイナブルやエシカルな活動をしたいのに方法がわからない、ともどかしさを感じているクリエイターが多いこと。今回、こうして一つの形ができたので、今後はもっと始めてもらいやすくなると考えている

「ファッション業界は生産数と在庫数のバランスをシビアに調整するとか、適量を見極める必要があります。私たちもオーダー会などを行ってできるだけ無駄をなくしていきたい」

 ファッション業界では難しいSDGsを少しでも実現するために、バイヤーとしてどんな夢を見ているのだろう。

「思い描いているのは、素敵な服が、実は雇用を生み出していたり子どもの教育を助けていたりと、誰かの幸せにつながっていること。それが服を買っていただいた人の幸せにもなって、どんどん接続していくのが理想です」

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インドのサステイナブル活動は
進化していることを伝えたい

PROFILE

ルシファーリサーチ代表

神 真美 さん

Mami Jin

ロンドンでファッションコンサルタントとして洋服ビジネスに携わり、2003年にne Quittez pasブランドを立ち上げる。インドにて早くからエシカルかつサステイナブルな活動を実践。現在も年5、6回は訪れるインドマスター。

1 (右)ブルーと白の配色がさわやかなストライプドレス。肌ざわりも柔らかい。・(左)スパンコールや刺しゅうがメタリック。

(右)¥18,000(ne Quittez pas)・(左)¥34,000(NE QUITTEZ PAS BLACK)/ヌキテパ 青山

2 (右)ピンクのティアードドレス。高い位置からのタックプリーツできれいなシルエット。・(左)グリーンが印象的。共布のリボンベルトでメリハリをつけて。

(右)¥32,000・(左)¥30,000/ヌキテパ 青山(ともにKALANCHOE)

3 パートナー工場で行われている、「chikankari」というインドの伝統的な刺しゅう。手作業で一つひとつモチーフを生み出している

4 IT大国インドではテクノロジーの導入も驚くほど早く、どんどん機械化される。その一方で、大切な手仕事は大事に継承されている

サステイナブルな生地を
使って服作りを進める

 神真美さんは、インドの生産工場とパートナーシップを組み、長く服作りに携わってきた。そもそもの始まりは、イギリス在住時にインドやパキスタンの人とともに働く機会があり、その人柄とテクニックに魅せられたこと。現在はルシファーリサーチの代表として、長年にわたりインドで生産するヌキテパと、この春にデビューした、サステイナブルな生地を使ったカランコエなど複数のブランドを手がける。

「インドで服作りを始めて18年目。今はデリー近郊にある工場と仕事をしていますが、ここは政府主導で開発された産業地域で、さまざまなものがリサイクルされています。余った生地を、主にコットン、レーヨン、ポリエステル、ミックスファイバーという、エコファイバーの承認が取れる素材にリサイクルする工場があって、私たちはその生地を取り入れています。また、破棄する生地を極力少なくするために、端切れをエコバッグなどの小物に作り変えるなどの努力もしています。生産工程で使う水も、特殊なフィルターを通してリサイクルしているので、無駄が出ません。物づくりの上でこれまでは主に素材、プリント、縫製の質や仕上がりにフォーカスされてきましたが、いかに環境を壊さずに作れるかという、プロセスも大事な時代に入っています」

 インドでは近年、このようなサステイナブルな取り組みを加速的に実現してきた。世代交代により、神さんと同世代の経営者や責任者の意識ははるかに高くなっている。

「自然環境だけではなく、人に対するケアも進んでいます。職人がいないとクォリティの高い物づくり自体ができません。ですので雇用環境について考えることはとても重要です。私たちは工場との長年のパートナーシップによる信頼獲得と、独占契約を結ぶことで、職人の技術と質を守り、ひいては商品のクォリティを保てる環境づくりに配慮をしています。そうすることで職人の技術を守ることができるし、その技術が次の世代にも継承される。契約している工場は、当初従業員がわずか3人でしたが、今では200人以上が働いていて、そのメンバーはほとんど変わりません。自分たちの手で新しいビジネスをと、インドの同世代の経営者たちは前向きに取り組んでいます」

インドの人々が
働きやすい環境を準備する

 インドの高い技術とサステイナブルな素材で服作りをと、この春スタートしたのがカランコエだ。今シーズンは一部リサイクル素材でないものも含まれるが、来シーズンからは100%リサイクルに徹底する。

「カランコエにはリサイクル生地が使われています。ヌキテパに比べ、アイテム数を絞り込み、大人がウィークデーでも着られるドレスを中心に提案します。サステイナブルな素材を使っていても、素敵な服でないと誰も着ませんよね。素材と作る環境に配慮しながらも、洗練された大人の女性が着たいと思うものに仕上げるのが、私たちの仕事だと思っています」

 インドの魅力は"人"だ、と言い切る神さん。「インドで服を作るというと、コストを安く抑えるとか、働く人から搾取しているイメージを持つ人がまだ多いけれど、衣服のサステイナブルな活動はむしろ日本より進んでいることを伝えたい。現代では、環境や人に配慮しながら服を作ることがすでにスタンダード。広く世界を意識して服作りを進めていきたいですね」

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よいものを食べて着て元気になるお店を作りたい

PROFILE

アバンティ代表

奥森秀子 さん

Hideko Okumori

百貨店研究所を経て1997年アバンティに入社。20年以上にわたり、プリスティンの商品開発を手がける。2018年にプリスティンの代表就任(プリスティンのブランドディレクターも兼務)。同年よりアバンティ代表も務める。

1 アバンティが行う社会貢献活動の拠点がある長野県小諸市の「小諸エコビレッジ」

2 エコビレッジ内の農園ではオーガニック農法で大豆や米、野菜などを育てている。春には東京から「てんぷらバス」で現地に行き、味噌を作るツアーも開催している。
www.pristine.jp

3 回収した製品や縫製過程で出る裁断生地を反毛し、再生された糸「リコットン」。生地にするとシボ感のあるテクスチャーになる。

花のプリントのワンピース。¥28,000

4 「リコットン」の糸を用いたガウンカーディガン。

¥19,000/プリスティン本店(プリスティン)

 オーガニックコットンブランドのプリスティンは、今年で創設24年を迎える。サステイナブルはもちろん、オーガニックという言葉さえ日本でまだなじみのない時代から活動してきたブランドだ。創設のきっかけは、オーガニックコットンの原材料及び生地の製造販売を行う会社「アバンティ」が、オーガニックコットンの認知度を高めるべく作ったサンプルを製品化したことだ。「1990年代当時はまだオーガニックコットンへの関心は低く、環境に配慮して作られた製品と言ってもなかなか伝わりませんでした」と、ブランドディレクターを務める奥森秀子さんは振り返る。

 日本のみならず、オーガニックコットンに特化した物づくりは世界的にも少なかったが、2000年代に入るとヨーロッパのハイブランドからの問い合わせが増え始めたという。それまで「対岸にいる」と思えたハイファッションの世界が、"エコ"を意識し始めたのだ。

「製造過程で児童労働はないかを確認してきたブランドもありました。"ロハス"や"エコ"といった言葉から始まって、"フェアトレード"にも関心が広がっていった時代です」

"もったいない"精神こそ
日本ならではのSDGs

 プリスティン自体も段階を追って新たな試みに挑戦してきた。2012年にはプリスティンの商品をリサイクルする「リプリプロジェクト」を立ち上げた。植物染料で染め直す「リ・カラー」、ほかの生地と縫い合わせたり刺しゅうを施すことで新たな魅力を付加する「リ・メイクアップ」、回収された下着やベビー服を東南アジアなどで再利用する「リ・ユース」からなるアップサイクルの試みだ。そして今年、プリスティンは「リ・コットン」をスタートする。最終的に使用できなくなった製品を一度繊維に戻し、そこから新たな製品を作り出すというものだ。「『リ・コットン』は、製品の"循環"を完成するものです」と奥森さんは言う。

「リプリプロジェクトを始める際に行いたかったのですが、その体力が当時はありませんでした。少しずつ生産過程で生じる残糸、残布をためてゆき、同時にオーガニックコットンの反毛をお願いできる業者を探しました」

 反毛とは、明治時代に始まったとされる古布をもう一度綿に戻す再利用技術だ。かつては街に必ず反毛屋があったが、海外からの安価な大量生産品の流入とともにその姿を消していった。

「使ったものを再利用するというサステイナブルの考え方は、元来日本にあったものです。大量生産で安いものが手に入るようになり、そうした価値観も変わってしまいましたが、『もったいない』という言葉こそが、日本の本来のSDGsの精神だと思います」

買い物をすることで
世の中を変えられる

 奥森さんが実現したいと夢見るのは食卓のあるプリスティンショップだ。

「中国の古典に『飲食衣服、これ大薬』と書かれているのですが、よいものを食べて身につければ元気になる。それを実現するお店を作りたい。オーガニックでは食べるものと着るものは同じ畑で作れます。アバンティが運営する長野の小諸エコビレッジの畑では、お米や味噌も作っているんです」

 創設時から、「環境に配慮する」「誰かを犠牲にしない」という二つの柱を守って物づくりをしてきたプリスティン。
「毎日の生活で、何を食べて、纏って、どんな生活をするかで世界は変わります。皆さんは買い物をすることで世の中を変えられる投票権を持っています。世界を変えるお買い物をしましょう」

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