あなたの隣の"もしも"を想像してみよう

マンガチカラ

誰かの生きづらさに気づき、自分とは"違う"ことを知ることは、自分も含めたこの世界を少しだけ明るいほうへと進める力になる。巧みなストーリーテリングで魅せるマンガの世界。そこから生まれるさまざまな価値観に触れることで、今を生き抜く想像力を育んでみませんか?

よしながふみさんインタビュー

多様性を想像するチカラ

2009年、よしながふみの『大奥』は、ジェンダーへの理解を深めることに貢献した作品に贈られる、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞を受賞した。示唆に富むこの作品に、作者はどのような願いを込めたのだろうか。

Profileよしなが ふみ●1994年、「月とサンダル」でデビュー。以後、日韓でドラマや映画化された『西洋骨董洋菓子店』や、やはり映像化されて話題となった『きのう何食べた?』などのヒット作を連発。2004年より描き続けてきた『大奥』は来年完結予定。

この世界では平賀源内ももちろん女。赤面疱瘡を撲滅しようとする源内だったが、
反発する保守派によって強姦され、梅毒をうつされてしまう

パンデミックマンガとしての『大奥』

 昨年末、「原因不明のウイルス性肺炎」として、中国国内で密やかにその存在が報じられたCOVID-19は、あっという間に世界中へと広がっていき、ついにはパンデミックに至った。誰も想像しえなかった事態を予言のように描いていたと、いくつかの作品がネット上で話題となったのは、それからしばらく後のことだ。すなわちアルベール・カミュの『ペスト』、小松左京の『復活の日』、そしてよしながふみの『大奥』である。

「そんな予言は当たってほしくないんですけど、今までSFなどで繰り返し描かれてきたことが、ついに現実になってしまったということでしょう。致死性の低さがじわっとリアルだなと思っています。"疫病"というととにかく死んじゃうイメージですが、ウイルスの立場になって考えてみたら、宿主が死んでしまっては広がりようもないわけだから致死性は高くなくていいのかもしれません」

『大奥』は、謎の伝染病の影響によって、男女が逆転した江戸の世界を描いた意欲作だ。縦横無尽に張り巡らされたその想像力が、現実の行く末をも言い当てたのだろうか。

「10年ほど前かな。取材させていただいた感染症の専門家の先生が、『感染症は、ひとつ克服すれば、もうこの先ないということはない』という趣旨のことをおっしゃっていました。人間の立ち入っていない場所には、まだ私たちの出合っていないウイルスがいるということです」

家光編では運命に翻弄される男女の姿が描かれた。本作中もっとも恋愛濃度の高い章。見開き左上、有功によってすべてを許された家光の、表情の変化が感動的。よしながが描くここぞというときの表情は当代一だ

現実とリンクする男女逆転世界

 よしながの出世作『西洋骨董洋菓子店』の巻末に記された大量の参考文献を見てもわかるとおり、その作品のベースには徹底した取材力がある。そうして集めた事実の欠片を、物語として編み上げていく手腕が見事だ。最新巻で展開された皇女和宮のエピソードはまさにその真骨頂。十四代女将軍・家茂の正室として迎え入れられた和宮は、この世界では男であるべきなのだが、実は女だったのである。

「和宮は女の子にしようとは決めていました。子どもがいなかった夫婦で、養子をもらっていましたから、ちょうどいいやぐらいの、わりと軽い気持ちで。でも改めて、20歳未満の若い夫婦で、まだまだ未来があるはずなのに、なんで養子をもらったんでしょう?って、歴史考証の先生にふと尋ねたんですよ。そうしたら先生も困っちゃって。だったら女同士だったっていう設定のほうがよほど理にかなってるかなって」

 ふたりの仲睦まじい姿は現代の同性カップルを彷彿とさせる。アメリカでは10万組もの同性カップルが子どもを育てていると言われ、遅ればせながら日本でも一部の自治体で認められるようになった。

「描いていてラブラブになったりはしないだろうとは思っていたのですが、むしろこのほうが現代的なカップル像になりましたね。恋愛関係ですらないのに家族つくっちゃうみたいな。江戸時代の話だけど、現代よりももっと進んでしまいました」

 こうした恋愛を介在しない女性同士の強い連帯、シスターフッドが本作には頻繁に現れる。

「将軍と老中の関係性などもそうですね。女同士だけど、ブロマンスっぽいとも言えるでしょうか。自分の命をなげうって仕えますからね。でも和宮に関しては、偽の夫婦で、しかも忠義とは関係ないところに何かが芽生えたんです」

 江戸に来た当初は事あるごとに反発する和宮だったが、家茂の人柄にほだされて、徐々に心を開き始めるのだった。

「家茂と和宮は史実でも本当に仲がよかったんですよね。家茂はすごく素直で、多くの女たちに愛されていて、どこへ行っても好かれる人だったようです。天皇も勝海舟も、もうとにかく家茂のことが大好き。政治的に目立った業績は残していないんですけど、ここまで愛されているとなると、相当可愛かったんだな!って思って、これは徹底的に可愛くしようと描きました(笑)」

 歴史フィクションにおいては、史実と史実の間隙を埋める想像力こそが、作家の腕の見せ所だ。そこに歴史ものの醍醐味があり、難しさがある。

「難しさでもあるし、自分ひとりの力で行くことができなかったところまで連れていってもらえるときもあります。自分だけでつくったキャラクターだとできないような人物造形もできる。逆に助けてもらっています」

『大奥』では、「女に置き換える」という設定を優先して史実を曲げるようなことは絶対にせず、この歴史上の出来事を女が行なっていたとしたらその現場はどうなっていたのかを徹底的に想像して描いたという。

「たとえば艶福家だった吉宗を、女の人だからと貞淑なキャラクターにするというようなことは絶対にしない。綱吉もそう。女として描いて、改めて悲しい人だなと思ったのですが、でも男の人だからこそ、いくつになっても子どもがつくれるだろうと、親からずっとプレッシャーをかけられていたのは、とてもつらかったでしょうね。男だから気楽でいいよねってことも決してないし、女だからどうこうということもないんです」

和宮と家茂の会話にも「血」のテーマが登場。新しい家族の形を提示する

暴力的なことをする人が
暴力的なわけではない

 大奥というシステムは巨大な性暴力の機構だった。十代将軍・家治は、快活な気立てのよい女性で、御台様(正室)との仲も良好だったが、御台様が風邪を引いた隙に、別の男と子どもをつくってしまう。それが御台様にはショックだったのだが、家治にはわからない。

「加害者は被害者の苦しみをまったく想像することができないんですよね。だってこういうシステムだからしょうがないじゃん、という。暴力的なことをする人が必ずしも暴力的なわけじゃないんです。差別が制度に乗っかっちゃっているっていうのはそういうこと。何がいけないことかがもうわからない。その人自身の性格がいいとか悪いとかいうことと、気づきの幅は別の問題だから。そういうところの切なさを描けるのが物語の醍醐味でもあるし、しかも女の人がそれをやる側になるというところが、描き手としては面白かったですね」

 女は被害者でもあり、時には加害者でもあった。個人の問題ではなく、権力の暴力性がそこにはある。

「首尾一貫して言いたいのは、『血でつながる権力はよくないから!』ということ。選択する権利なんて生まれたときからその人にはないから、女とか男とか、そういう話じゃないんです。選挙で選ぼうよ!っていう、最後突然オスカル様みたいになりましたけど(笑)、結局そういうことなんですよね」

『大奥』若い男だけがかかる謎の伝染病・赤面疱瘡によって、男の人口が激減した江戸時代を舞台とした歴史改変SFの傑作。女性が働き手となり、将軍として権力を握った世界を、巧みな構成で描く。1〜17巻(白泉社/571〜690円)

ヤマシタトモコさんインタビュー

"違う国"を知るチカラ

私とあの人は、"違う国"に住んでいる。大切なもの、しんどいこと、人との関係もみんな違う。そんな差異を見つめ、別れや変化も丁寧に描き出す『違国日記』の作者が今考えていることとは?

Profileヤマシタ トモコ●1981年生まれ。2005年、「ねこぜの夜明け前」でアフタヌーン四季賞(夏)を受賞。デビュー以降、『FEEL YOUNG』『アフタヌーン』、BLコミック誌など幅広い媒体で作品を発表する。現在『MAGAZINE BE×BOY』で連載中の『さんかく窓の外側は夜』は実写映画化され、今秋公開予定。

父母との不意の別れの直後、叔母の槙生が放った言葉が、
姪の朝に降りかかる天涯孤独の運命を退けた

わかり合えなさのその先にあるものは、
分断か連帯か

「他人のことを100%理解することは不可能だ、というのが私の考え方の根底にあって、『違国日記』ではこれが大きなテーマになっています。共感や同調を求める大きなうねりが起きたとき、そこから脱却して生きるという選択肢があるんだよ! 人間同士はわかり合えないものだけれど、その先には分断ではなく連帯と寛容があるんだよ! ということを言いたくて、ずっとマンガを描いています」

 ヤマシタトモコの作品には、孤独であっても、勝てなくても、泣きながらでも、自力で踏ん張る人物がたくさん登場する。その姿や言葉は、「お守り」のようにして読み手の心にとどまり続ける。

「特に『違国日記』では、少女小説作家の槙生、学生の朝という叔母&姪に、長いつき合いの親友や金融系の仕事をしていた槙生の元彼、朝の弁護士など、いろんなパターンの人間を意識的に登場させて、さらにそれぞれにいろんなシチュエーションを与えています。こういう人のためにこのエピソードを入れよう、こんな感情を持て余している人のためにあえてこれを描こう、と積み上げていって、そこから読み手が自分の片鱗を見出せたら、こういう境遇や心境もあるんだと感じてもらえたら、ストーリーテリングとしては成功だと思う。『花井沢町公民館便り』などもそうですが、ただただ楽しんで読んでほしいという狙いを持った作品とは、ちょっと違ったスタンスなんです。伝えたいメッセージが明確にあるので、うるさくならないように気をつけながら、伝えるために描いています。マンガや本、映画などの創作物に触れてそこから作者の明確なメッセージを受け取れたときって、私自身すごく感動しますし、そういう作り手がこの世の中に存在するというだけでもきっと誰かの励みになるだろう、と願ってもいるんです」

(右)小説に没頭する槙生は「ちがう国」の女王。朝はその国の片隅に居場所を見つけていく
(左)すべてを理解することはできない。違う感情を持った違う人間だから、言葉と時間をかけて歩みを寄せる

エンタメの枠組みを使って
思いを描き出す技と工夫

「自分の言葉だけで伝えるほど知識はないし、論理立てて考えるのも苦手。でもエンターテインメントに仕上げることはできる、というかむしろそっちの筋肉しかないのかな(笑)。物語ってメッセージを読み手に渡すにはぴったりなんです。考えていることが伝わって、さらにマンガを楽しんでもらえるならうれしいし、描き手としてあまり意識していなかった部分から思いが伝わったり、思ってもみなかった形で受け取ってもらえることもあって、それもやっぱりうれしい。『違国日記』について言えば、伝えたいことがありつつも、より多くの人にハッピーに読んでもらえる作品にしたかった。というのともうひとつ、女性同士の連帯を楽しいものとして描きたいという気持ちが最初にありました。そこから描き始めて、フェミニズム的な文脈をより強く物語に組み込んでいこう、という気持ちがだんだんと強くなって。でも女性だけに向けて描いているというわけではなく、作品の中でフェミニズムや女性の連帯を描くということは、男性主権の社会で苦しむ男性や、そこから降りた男性を描くことにもつながっていきますよね。女性でも男性でも、苦しんでいる人を描くことで、連帯を示せたらいいなと思っています」

 知ることが、連帯が、私たちを救うのだろうか?

「自分とは違う、他者への理解はもちろん、日常に起こりうる最悪の事態を防げるのも、科学の発展も、すべては想像力にかかっている。思考を停止せず、想像するチカラだけが、私たちの日常を変えていくし、世界を変えうるのだろうと信じています!」

『違国日記』槙生は少女小説作家、人見知りの一人暮らし。朝は音楽好きの中学生。交通事故で父母を失った朝に、槙生が手を差し伸べて、叔母と姪のふたりの共同生活が始まった。現在『FEEL YOUNG』で連載中。1〜5巻(祥伝社/各680円)

女子マンガ研究家・小田真琴さん選

あなたの"もしも"のための
マンガ処方箋

多様性を物語るのに、マンガのチカラは欠かせない。"もしも"のときに、あなたを支えてくれる、そして誰かの"もしも"を想像する力を与えてくれる作品を小田真琴さんが厳選。