ネロリって何の花?
言葉でフレグランスがどんな香りかを伝えるのはとても難しい。でもフレグランス用語を理解していれば、グッと伝わるし、香料の説明を読んだ時になんとなく香りの傾向がつかめるはず。フレグランスの基礎知識を学んでいく連載、第3回目のテーマは「ネロリ」。すっきりとしたシトラス? フレッシュで爽やかなフローラル? なんとなく知っているようで知らないこの香料の正体とは?
ネロリってどんな香り?
タイラ 今回のお題はネロリ。オレンジ系の香りだからシトラスファセットかと思いきやフローラルファセットなんですね。私も誤解していたかも。
アリマ そもそもネロリとは何だかわかりますか?
タイラ ビターオレンジから採れる精油ですよね?
アリマ 半分正解。ビターオレンジの何から採れるかが問題なんです。ビターオレンジの花を水蒸気蒸留して得た精油を【ネロリ】と言います。
タイラ そうなんですね! てっきりレモンやベルガットのように果皮を絞ったものなのかと思っていました。
アリマ 他の柑橘系の果物のように、果皮を圧搾・抽出した精油は、【ビターオレンジ】の精油になります。
タイラ なるほど。では、【オレンジブロッサム】とはなんでしょうか?
アリマ オレンジフラワーとも呼びますね。ビターオレンジの花という点ではネロリと一緒なのですが、抽出方法が違うところがポイント。
タイラ 詳しく教えてください!
アリマ 複雑な説明になりますが、アブソリュートという抽出法について説明しますね。
まずはビターオレンジの花の香気を溶剤抽出し、それを揮発させます。コンクリートという塊になったところで、それをアルコールで洗って得られる精油を、【オレンジブロッサムのアブソリュート】と呼ぶのです。
タイラ なるほど。ネロリとはどのように香りが違うのでしょうか?
アリマ ネロリもオレンジブロッサムも同じ花の香りですが、前者はフレッシュ、後者は濃厚。香り立ちが違うんです。アブソリュートという抽出法だと熱をあまり加えないので、花の濃密な香りが残るんですね。
ビターオレンジの香水の代表格が、ゲランの「ネロリ ウートルノワ」。上質なネロリとオレンジブロッサムアブソリュートが溶け合います。
ネロリを代表する名香
アリマ ちなみに、ビターオレンジは和名では橙(ダイダイ)と言います。ビターオレンジは余すところなく香料となってくれる素材。木の枝と葉っぱを水蒸気蒸留して得た精油を【プチグレン】と呼びます。
タイラ プチグレン! 枝についた葉っぱごと蒸留しているから、フルーティな中にグリーンっぽさもあるんですね。なるほど~。
アリマ ネロリとプチグレンは水蒸気蒸留なので、香りとしては重たすぎず、フレッシュな印象になりますね。ネロリとプチグレン、オレンジブロッサムを一緒に使ったフレグランスとしてメゾン クリヴェリの「ネロリ ナシンバ」があります。
オレンジフラワーを余すことなく使った香り
なぜオレンジフラワーをネロリと呼ぶ?
タイラ ビターオレンジなのに、なぜネロリと呼ぶのでしょうか? ネロリがビターオレンジの花を指していると思いつかない原因はそこにあるような気がします。
アリマ イタリアのルネッサンス期に実在したネローラ妃がその名の由来と言われています。彼女が好んだ皮手袋の匂い消しにビターオレンジの花の香りが使われていて、そこからネロリと呼ぶようになったそう。ネロリは元気や明るさの象徴。そのスプラッシーな香り立ちから、賦香率の低いオーデコロンやオードトワレによく使われますね。
タイラ 昔はシャワーなどを頻繁に浴びられる環境ではなかったので、体臭をマスキングするために使われていたとか。たしかにオーデコロンはシトラスやネロリが多いイメージがあります。ファセットとしては、ネロリはシトラス? フローラル? どちらに属するのでしょうか。
アリマ ネロリはビターオレンジの花からなので、フローラルに分類します。でも大概、レモンやベルガモットなどと組み合わされているので、フレグランス自体はシトラスフローラルと2つのファセット(※香りを香調別に18種類に分けたカテゴリのこと)を持つものが多いかもしれません。ディプティックの「ロード ネロリ」はシトラスフローラルのいい例でしょう。
シトラスフローラルの代表格
香水ビギナーにもネロリはおすすめ
タイラ ネロリというと、鮮やかなブルーのボトルの、トム フォードの「ネロリ・ポルトフィーノ」がすぐに思い浮かびます。レモンやマンダリンといったシトラス果実を合わせて爽快さを際立たせ、ラベンダーやオレンジブロッサム、ローズマリーなどハーバルなニュアンスが添えられていますね。フローラルというよりアロマっぽいなと感じていたのですが、すごくヒットしたから多くの人がネロリはこの香りのイメージかもしれません。
アリマ トム フォードの狙い通り、地中海のリゾートが眼前に広がるよう。やっぱり夏のビーチリゾートで付けたくなりますね。日本人はシトラスが好きな方が多いので、こういった香りからフレグランスを始めてみるのもおすすめです。
ネロリ香水人気の立役者
アリマ ネロリ単体の香りではないですが、ジョー マローン ロンドンのバジル&ネロリ コロンもネロリによるオレンジフラワーのフレッシュな香りにすっきりとしたバジルを合わせた花とハーブの爽やかな香りです。こちらはフローラルとしてのネロリですね。
タイラ ジョー マローン ロンドンのコロンはレイヤリングも提案しているので、とても軽やかな香り立ちでビギナーでも安心して付けられますね。素直に「あぁいい匂い!」と思えます。
地中海の高台にある果樹園に足を踏み入れ、きらめく海を見つめているとオレンジの薫風が頬を撫でていく──、ネロリの香りが描く風景はまさにこんな感じ。酷暑がまだまだ続きそうな9月以降も使ってみたいネロリのフレグランス。爽快なシトラスとフレッシュなフローラルの調べで一服の涼を取ってみてはいかが?
IFF社、Firmenich社、MANE社でエヴァリュエーターとして香りの評価・開発に約20年間従事。香料の経験を活かして、パフューマリースクール「サンキエムソンス」で講師として香りに興味を持つ受講生の皆さんのサポートを頑張っている。
取材歴約30年。過去にSPURでフレグランス企画の連載担当ライターとして活躍。この連載を機にフレグランスの世界に魅せられ、現在はフレグランスを一からサンキエムソンスのプログラムで学び直し中。