
桜に香りはないって本当? 【DIOR】など、桜の香水がつくられる秘密
春が近づくに連れて待ち遠しくなるのが桜の開花情報。可憐で儚げな淡いピンクの花びらが、いっせいに咲き、周囲をピンク色に染めていく。そしてハラハラと散っていくその姿に、心を奪われてしまう。桜の花から匂いはほぼ感じ取れないにもかかわらず、桜をテーマにしたフレグランスは数多い。ほぼ香りのない桜を香りに変換する術とは……? 調香師であり、日本初のパーソナライズ×フレグランスブランド、リベルタパフュームの代表である山根大輝さんにお話を伺った。
桜の花にはほぼ匂いがない!?
山根 よく桜に香りがないと言われていますが、全くのゼロではなくて、ごくごく少量は取れるんですよ。でもとても希少で、1万トン集めても1キロ取れるかどうか。
タイラ バラなどと違って花びらも薄くて軽く、ひらひら舞うものだから、1万トン集めようと思ったら大変な労力。効率が悪いですね。
山根 桜の香気成分として有名なのがクマリン。桜餅やアンパンの上にちょこんと乗せた桜から香るのは、このクマリンの香りに近いです。
タイラ 合成香料なんですよね? 日本以外でニーズがあるんでしょうか?
山根 牧場によく俵積みされている干し草=ヘイがありますよね? クマリンは、欧米の人にとってはあの香りなんだとか。ヘイアブソリュートという香りにはクマリンが入っています。ちなみにクマリンは花からは採れず、葉と木から採ります。咲いている花から採れる成分はベンズアルデヒドといって人間の鼻では感じられないぐらい微量しか含まれていません。アーモンドの香りがします。ちなみに青酸カリに関連する香気成分です。
タイラ アーモンド、青酸カリ……名探偵がよく気づくやつですね(笑)。
山根 そうです(笑)。それらの香料を使ってイメージする桜の香りを創っていくのです。
タイラ ちなみに、日本の桜と西洋のチェリーブロッサムの香りは違うのでしょうか?
山根 日本で桜というと、代表的なものはソメイヨシノですね。観賞用なので、実はなりません。一方、西洋のチェリーブロッサムは実がなるものが一般的です。個人的な感想ですが、欧米の調香師が創る香りはフルーティで可憐なイメージがありますね。西洋でのチェリーブロッサムの捉え方は、花よりもチェリーの果実が先行しているように感じます。例えばさくらんぼでも、日本で言うと佐藤錦を想像しますよね? でも、アメリカだとアメリカンチェリーのダークで濃厚なイメージに。文化圏が違うからこそ、表現にも多様性が生まれるのでは?
タイラ 最近では、欧米のメゾンが日本の桜にオマージュを捧げた香りを出すことも多いですね。
山根 そうですね。ハラハラと舞う花びらを画像としてキャプチャーしたような瞬間を描いているように感じます。
桜フレグランスの代表作
山根 ここで、皆さんが思い描く桜の香りや飲料などのフレーバーが何から来ているのか、お話ししましょう。まずはこれを嗅いでみてください。
タイラ ……。某コーヒーチェーン店のサクラのドリンクのような香りがします。
山根 ふふふ。こちらはどうですか。同じ香料会社が桜の香料として出している別の香りです。
タイラ こちらの方がなんとなく、“和”のニュアンスを感じます。杏仁豆腐っぽい香りがする気も。
山根 ではこちらはどうでしょう? 先ほどの2つとは別の香料会社から出ている桜のフレーバーです。
タイラ あ、全然違う! こちらは紅茶のような温もりが感じられます。桜の花びらが入ったお茶のようなイメージです。
山根 この中でひとつだけ、本物の大島桜の天然の香気成分が使われているものがあるのですが、わかりますか?
タイラ うーん、3つめの紅茶のようなものかな?
山根 違います。実は1番目なんですよ。
タイラ えー!? 本当ですか。1番、ケミカルな感じがしたのですが……。
山根 ほんの少量ですが天然の香料が入っています。それを補強する香料はもちろん入っているのですが。そのぐらいデフォルメされたものを私たちは桜の香りとして認識しているということなんですね。
タイラ なるほど~。
山根 大島桜から採れる天然の香気成分もごくごくわずかで。粉っぽいというか、私の個人的な感覚としては子供の時に飲んだシロップの風邪薬のようなフレーバーがわりと近い印象です。
桜の香りを調香するには?
山根 ちなみに私が調香した【リベルタパフューム】のSAKURA MAGNAは、フローラルの香料をメインに使い、永遠に枯れない桜をテーマに調香しています。
タイラ 偉大な桜。名前からして、桜の儚げなイメージが吹っ飛びました。
山根 はい、期待を裏切る桜フレグランスです(笑)。ひらひらと薄いピンクの花びらが舞い散るソメイヨシノではなく、ぽってりとした濃厚なピンク色をした桜がイメージなんですね。
タイラ 桜の花のイメージをどのように捉え、どう香りへ昇華していくかが調香師の腕の見せ所というわけですね。
山根 私が調香でイメージしたのは“花曇り”の空。満開の桜の花が空を埋め尽くし、春の薄曇りの空と一体化したような様子です。あるいは月明りに照らされ、夜空の闇に浮かぶ桜といったイメージ。クマリンは桜の花びらから採れるわけではないので、日本人としては違和感を覚えたので、使っていません。土台にしっかりとしたウッディを用い、フローラルノートに使われがちなローズも使わず、イリスとジャスミンで表現してみました。
タイラ 可憐とか儚げではない、新しい桜のイメージ。でもちゃんと桜を感じさせる調香なのがすごいです。
山根 ありがとうございます。
タイラ 日本人が桜に感じるのは決して儚さだけではない。精油だけでフレグランスをつくっている【THREE】の限定のSAKURA MIDTOWNも都会のビル群の中で毅然と咲き誇る桜がイメージ。それぞれが思う桜のイメージの香りを纏って、今年はお花見するというのも一興かも。
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コンサルティングファームで働きながら、パルファンサトリで調香を学ぶ。2018年に独立し、香りを専門とする会社を創業する。もっと身近に、もっと自由に香りを楽しんでもらえるよう、フレグランスのオーダーメイドサービスを行う中目黒の旗艦店リベルタパフュームを2020年にオープン。香りの民主化をテーマに日本に新しい香水文化を根づかせるべく活動中。
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取材歴30年。SPURのフレグランス企画の連載担当ライターとして活躍。この連載を機にフレグランスの世界に魅せられ、現在は資格取得を目指してフレグランスの歴史やトレンドを学び直し中。