三寒四温でまだ寒い日もあるけれど、少しずつ春の訪れをそこかしこに感じ取れる3月。桃の節句にちなんで、今回はピーチフレグランスをフィーチャー。引き続き人気のグルマンノートにも属するピーチフレグランスは、一体どんなものがあるのか? 膨大な嗅覚リファレンスをもち、セミナーやトレンド分析、カウンセリングなど香り分野で活躍するフレグランスアドバイザーMAHOさんに話を伺った。
桃の香りを使った代表的なフルーティシプレノート
タイラ ちょうど1年ぐらい前にこの連載で、香りとフェロモンの関係を香りスタイリストの杏さんと紹介したのですが、その時に「若い女性の体臭に含まれる桃の香気成分」の話になったんです。(参考:香りとフェロモンの関係は?)。
MAHO 最新の研究発表でも、若い女性特有の“甘い香り”が、桃の香りを構成する特徴成分であることが分かりましたよね。香水界では、「ピーチの香り」というと、加熱したジャムのような甘さやネクタリンの甘酸っぱさを連想するよう。若々しさと同時に、官能性を感じさせる香りとして捉えられてきました。日本の場合は、ジューシーで、果肉そのもののようなみずみずしい桃の香りを想像しますよね。節句でも女児の成長を願う、邪気払いのシンボルとされてきました。
タイラ たしかに果実の桃は香り高いですが、桃の花自体は、さほど香りを感じません。
MAHO そうなんです。そして、香り高い桃の実からも、天然香料が採れないという事実があります。1919年に発売されたフルーティシプレの祖ともいうべき香水、【ゲラン】の「MITSOUKO」は当時、シプレー構造へ、ピーチアルデヒドを融合させた革新的な試みで、大成功をおさめました。ロングセラーを超えて、香水史の重要な遺産と言えます。
タイラ 昨年、【ゲラン】は新しい合成香料を使って「ペッシュ ミラージュ」という桃の香りも作りましたね。
MAHO 桃の香りでヒットしたものといえば、記憶に新しいのが【トム フォード ビューティ】の「ビター ピーチ」でしょう。ビターもピーチも概念としては新しくはないけれど、ふたつを掛け合わせたら、なんてモダンでエッジの効いたフルーティシプレになるの! と衝撃的でした。単なるフルーティに振らず、ジェンダレスな視点も加えているリアリティが、まさにトム フォードならでは。
タイラ 熟したピーチから滴るネクターがラムやコニャックと溶け合い、アンバーやスパイシーのニュアンスもあってなんともエロティックな香り。このひねりがさすがです。
MAHO ピーチを使ったモダンなフルーティシプレーを挙げると、【ミラー ハリス】の「カード ジャルダン」もそのひとつですね。
タイラ 「Couer de Jardin=庭園の心」というフレグランス名なのですね。その心は?
MAHO ベルガモットやレモン、ピーチの果実、ローズやジャスミンの花々、そしてアンバーやパチョリが加わるフルーティシプレで深みはちゃんとあるけど、雨上がりのガーデンのように爽やか。フルーティシプレーにチャレンジしたいけれど、モダンな要素が欲しい方や、桃のノートが主張しすぎない香りを楽しみたい方に。
タイラ シュワッと爽やかで切れのあるドライダウンもいい感じです。
桃の果実と桃の花が織りなすフルーティフローラル
MAHO 桃の節句に、淡いピンク色をした桃の花はまさに春の象徴。果実の桃だけでなく、桃の花、ピーチブロッサムのアコードまで用いてクリエイションされた香りもありますよ。韓国ブランド【クオカ】の「ワイルドピーチ」はご存知ですか?
タイラ またまた新しいKフレグランスメゾン! 私、知りませんでした。クオカはイタリア語でシェフという意味なんですね。桃のジュースみたいな香りがパッと広がる! そこにハーブの苦みをほんのり感じますね。だからワイルドなのかな?
MAHO ブランド名を裏切らない、美味しそうで、生き生きとした香りが得意。ミストやハンドクリームも展開されていて、そちらもとても人気です。
タイラ 本当にリアルな桃の香りを濃縮してまとっているみたい。
MAHO 中国でも、桃は不老長寿や永遠の若さを示しています。平和で美しいユートピアのことを桃源郷といいますが、桃の花が咲き誇るイメージの香りが【キリアン パリ】の「フラワー オブ イモーテリティ」。
タイラ こちらも白桃のようなみずみずしい桃の香りがふわっと香って、なんともいい香り~♡ 青空の下で艶やかなピンク色の桃の花が咲く光景が目に浮かぶようです。調香師はディオールのオリジナルのジャドールを作ったカリス・ベッカーと聞いて、やっぱり上手い! と納得。
MAHO 前出のミラーハリスともキリアン パリとも共通点があるのが、【ロアリブ】の「ウォーターガーデン」。花々の自由を表現した水辺の庭園というコンセプトの香りですが、庭園や清らかな水辺というのは、なめらかで多汁感のある桃のイメージなのかもしれませんね。
タイラ 清潔感のある香りだけど、シトラスで表現するそれとは違って、ピーチだからほのかな甘さがあってふんわりやわらか。これは日本人好みだわ。
MAHO おっしゃる通りですね! そのためか、通年を通して、ブランド人気トップの香りと聞いています。
蜜のような甘さとみずみずしいフルーティさを同時に味わえる桃の香り。若い女性の体臭に含まれる香気成分ラクトンに似ている点で、若々しさや活力を感じさせる一面も。春から何か新しいことを始めようと計画しているなら、背中を押してくれるような桃の香りでフレッシュなスタートを切ってみては。
幼少から香水に魅了され、フレグランス業界での経験を基に、セミナーやイベントで香りの豊かさや楽しみ方を発信。またブランドに属さない目線から、個々の魅力や可能性を引き立てる香り選びのアドバイスも人気。日本調香技術普及協会理事や日本フレグランス協会常任講師、大分香りの博物館香りのアンバサダーとして、香水文化普及に尽力。
ビューティエディターとして長年、数々のフレグランス企画を担当。一昨年よりフレグランス専門知識を学べる教育機関、サンキエムソンスが手がけるフレグランスの専門知識を学ぶレッスンを受講。2025年11月日本パフューマリー協会認定のパフューマリー アドバイザーの資格を取得した。




