巨大な滝が出現したり、実物大の客船が停泊していたり、真っ白な雪景色が広がっていたり。そこに足を踏み入れるとき、私はいつも深呼吸するんです。できることなら薄目にして視界をぼかしてから、会場に入った瞬間にまぶたを見開く。そうしないことには、劇的過ぎる設営に、気持ちが追い付かないんですよね。シャネルといえば、壮大なスケールのショー演出で夢のような会場を創り上げることでも有名ですが、今年の3月にパリで発表されたシャネルの2022/23年秋冬 プレタポルテ コレクションは、会場全体がアレで覆われていたんです。そうです。メゾンのアイコンでもある「ツイード」です。
といっても、この3年間はパリコレ出張を果たせていないので、オンラインでショーを視聴していたときの話です。ツイード色の会場を闊歩する美しいツイードルックに見とれながら、心は遥か遠いスコティッシュ・ボーダーズのツイード川へ旅していました。かつてウェストミンスター侯爵と恋をしていたときのガブリエル シャネルの姿を妄想します。大地の色、木々の色、色とりどりの色彩が交差する風景を、ツイードのジャケットを羽織ってふたりは川辺を散策するんです。大自然の色彩は、そのままジャケットに溶け込んで、世にも美しいメランジェを編み上げる。ああ、早く秋が来ればいいのに! 不透明な未来に不安ばかり覚えたあの春先から、半年が経ちました。
思えばあれは、美し過ぎる伏線でした。夏の終わり、6か月前の我が妄想が、アイパレットになって目の前に現れました。見てください、このポーチを。卓越した職人技を誇るメゾン ルサージュが創り上げた今だけのスペシャルなポーチは、それぞれのカラーにシンクロした4色で登場します。
黒いパレットを開ければ、そこには四つのツイードのボタンが。いや、くるみボタンではなく、実際はアイカラーなのだけれど「ツイードですよね?」と二度見してしまうほどの繊細なレリーフ。メゾンの矜持が、ここに宿っています。
どれも素敵なのですが、少しだけ暑さがやわらいだ今週、私が毎日手を伸ばしているのが01です。
決め手は、ゴールド。ツイード側の水面に輝く初秋のきらめき、大自然の輝きが、珠玉の金糸のようになってパレットに収まりました。ベージュ~ブラウンのカラーパレットは、どんな瞳にもドラマな奥行をもたらします。ホントです。
ほんのり色っぽいモーヴなカルテットは02。トレンドのピンクのルックにもしっくりとなじむ暖色系。下まぶたにピンクプラムをスマッジするのもおすすめ。誰でも上品なセンシュアルフェイスに。
オレンジ色の紅葉を思わせるのは03。バラ色に染まった秋の頬に呼応するような柿色や、パープルを秘めた左下のブラウンのグラデーションは、グルマンな魅力も。
クールに見えて、優しさを秘めたグレー系の名作が04。
透明感のあるチャコールカラーは、濃淡のバランス次第で甘い顔にも、超然とした表情にも自由自在。
それにしてもひとつひとつの「ツイード」の表情豊かなこと。斜めから、真上から、光にかざしながら見とれています。どんなに長く長めていても飽きません。メイクアップと職人技の見目麗しい邂逅が、ポーチの中で静かに息づいているという奇跡。ああ、タイムマシンに乗ってガブリエル シャネル様に届けたい。そして、そっとこのポーチを彼女のバッグに滑り込ませたい(たぶんそんな度胸はない)。お化粧直しの際に、ふとそれを手にした彼女は「あら?これはメイクアップなの?悪くないわね」なんて呟いたりして。妄想族の初秋の夜は、今日もこうやって更けていくのです……。