2023SSファッションウィーク、ミラノへ突入しています。私はミラノコレもパリコレもおあずけ。東京で留守番です。同時中継や配信でiPhone越しにショーは観られるけれど、四角い画面では咀嚼できないもの。たくさんあります。体幹に響く低音、オーディエンスの噂話、街の喧騒。そして、なんといっても「匂い」です。服には嗅覚がある。そう私は感じてきました。その都市の匂い、創り手の匂い、デザインと素材の匂い。
例えばセリーヌの最新作「BOIS DORMANT(ボワ・ドルモン)」。透けて見えてくるのはずばり、仕立ての良いテイラードブレザーです。セリーヌのオート パフューマリーは、エディの嗅覚の記憶をなぞったコレクションとして有名。香水のローンチにあたり、彼がした作業。それは日記を綴ることでした。
いかに記憶を調香師と共有し、かたちにするか? 見えない軌跡を言語化するために、ジャーナルを書くというごくシンプルな手段を彼は選びました。サンジェルマンのカフェでパリの往来を眺めていた時間のこと。80年代の終わりの頃、バトー・ムッシュに乗ってベルベット・アンダーグラウンドを聴きながらセーヌを下った日。カルフォルニアに暮らしてきたときに焚いたお香の情景。私的な体験に紐づいているがゆえの、プライベートな力強さがそこにはあります。
11番目の新作は、10代のロンドンの思い出。サヴィル・ロウのスキニースーツの古着を探して巡り歩いた甘酸っぱい記憶は、芳醇であたたかなフランネルの布地を思わせるウィスキー色の香水になりました。オート パフューマリーはパウダリーな香り立ちが特長なのですが、新作も例外ではありません。心地よいリュクスなムードは、柔らかな日差しの秋の風景にも、美しく寄り添います。ベルガモットとジュニパーがゆっくり弾けるシトラスなトップノートに続く、やさしい清潔感あふれるオリスバターのミドルノート。苦味のあるシダーとヴェチバーが静謐に拡がるベースノートと共に、重厚だけれど透明感が輝くシトラスウッディなフレグランスが完成しました。
フランネルのスーツに袖を通すように、「眠れる森」をワンプッシュ。メンズのブレザーを起点としながらも、ジェンダーに囚われずに軽やかにまとえる点も素晴らしい。
メンズといえば。シーズン毎のエルメスの展示会、いつもメンズ部門にも心躍ります。ヴェロニク・ニシャニアンが創り出す、きりっとしているけれど空気のような「余裕」のあるプレタに心惹かれるのですが、メンズフレグランス「H 24」にも同じ爽やかな空気が漂っているんです。10月に発売されるオー ド パルファムは、上質のリネンを彷彿とさせる香り。白いリネンのメンズシャツをふわりと羽織るように、透明感あふれるクラリセージやローズウッド、スイセンなどが肌にグリーンのオーラとなって舞い降りる。というのも「鼻」のクリスティーヌ・ナジェルの着想源は、苔なんですよ。建造物の壁面に広がる苔の生命力、そのすべらかな大自然の力を、香りに昇華しました。メンズだけれど、ウッディ調ではない点が斬新。
このたびモイスチャライザーとミスト、ソープもお目見え。ギフトにも素敵ですね。
最後に、とびきりのコットンの香り。用尺を贅沢に取った空色のコットンのドレスを、空気を含ませながらさらりとまとう—そんな所作を香りにしたら、このボトルになると断言したい! メゾン フランシス クルジャンの最新作「724 オードパルファム」のテーマは、世界の大都市。週7日、24時間眠らないコスモポリタンが、インスピレーションになっています。
ファセットは3つ。まず、夜明けのランドリーから漂ってくる匂い。石鹸みたいなアルデヒド、キラキラしたイタリア産ベルガモットの爽やかなトップノートが、クルジャンらしい個性をビシバシと物語っています。二番目に、ホワイトフローラルのファセット。主役は、エジプト産のジャスミンアブソリュートです。早朝に手摘みして収穫されたジャスミンが、上質なフローラルを底上げ。最後に「心地よいコットン」と名付けられた独特のファセット。気持ち良い洗い立てのコットンの香りが、「724」のジェンダーレスかつタイムレスな魅力を、しっかりと裏付けしています。
「洗い立てのリネンの匂い」として人気のアクア ユニヴェルサリス オードトワレに似ている—そう強く感じました。でも日常を一緒に過ごすうちに、気づいたんです。より有機的で、あたたかな人肌や温もりを饒舌に物語るのが「724 オードパルファム」だと。ニューヨーク、ロンドン、パリ、ミラノ。どの大都市もイメージできてしまう、不思議なフレグランスは、記憶の中に埋もれた、ファッションウィークのせわしない日々のかけらを鮮やかに蘇らせる魔法のスイッチでもあります。海の向こうのファッション・サーキットに足を運べない今年の秋、「724 オードパルファム」を携えて、ライブ配信を見守っています。
実際に「ファッション」な香りをまとって、旅する日が早く来ますように。