大好物ってわけじゃないのに、この時期だけは無性に食べたくなるのがチョコレートケーキ。ワインやウイスキーとも好相性で、オツな晩酌のおつまみにもなります。その場合、ほわんとした頼りない甘さじゃなくて、ガツンと脳を刺激する、クラクラするような濃厚さがちょうどいい。中はみっちみちに詰まっていて、爆発的に体重を増やしてくれそうなものだとなおよし。どうせ夜に食べるなら覚悟の上です。
一口にチョコレートケーキと言っても種類はたくさんありますが、中でもザッハトルテは別格なイメージがあります。ウィーン発祥の由緒ある出自とノーブルな名前の響きがそう感じさせるのか、洋酒とクラシック音楽がよく合う。それに、表面をチョコでコーティングした艶やかなたたずまいには、お菓子という域を超えた重厚な品格を感じるのです。
ザッハトルテといえば、数ある有名店を差し置いて食べたくなる一品が、故郷である京都にあります。市内中心部の六角通沿いにひっそりと店をかまえる「ケテル」。物心ついた頃から両親に連れられ、今でもかよっている喫茶、イノダコーヒが手がけるケーキ専門店です。イノダの喫茶メニューにあるケーキは昔からずっとケテルのものですが、六角通の店舗では、あえてイノダで出されないオリジナルが販売されています。
ケテルのザッハトルテは、表面のコーティングが分厚くて、まあ硬い。フォークがスムースに通らないし、はっきり言って食べにくいと感じてしまうのですが、これこそがウィーン風の本格派です。それに、困難を乗り越えた先にはうっとりするほどの幸せが待っています。
鎧のように硬い表面は、やっとの思いで口に入れるとシャリシャリとほどけていき、ウソみたいに口どけがいいんです。目が覚めるような甘さとチョコレートのほろ苦い風味、アプリコットジャムの甘酸っぱさが三位一体となって、脳内にピリリと刺激が走ります。その一撃を和らげるかのように、下の生地はしっとりマイルドで香ばしい。この生地がほどよく緩衝材になってくれて、またシャリシャリの甘い刺激を確かめたくなる。そこに苦手なはずのウイスキーをはさんでみると、もう信じられないくらい美味しい! 私はひと口で完全にデキアガリました。
まだ京都に住んでいた頃は、本場にならったケテルのザッハトルテを口にするたび、「これがウィーンの味かぁ」と感心したものでした。それがいつの間にやら「故郷の味」へと転化し、今となってはノスタルジーすら感じさせる存在になりました。バレンタインデーが近づいてくると、このシャリッと刺激的な甘さを舌が思い出し、恋しくなる夜です。
生粋の丸顔。あだ名は餅。長いイヤリングと丈の長いスカートが好き。長いものに巻かれるタイプなのかもしれません。