裏庭に咲く「名もなき花」と、【ジル サンダー】の白いシャツ #深夜のこっそり話 #1738

自宅の裏庭に、今年もいろんな花が咲き始めました。というと、いかにもガーデニングを楽しみながら丁寧な暮らしをしている風ですが、恥ずかしながらろくに手入れもしていない、ワイルドでちっぽけな裏庭です。咲き始めたのはバラでもゼラニウムでもなく、名もなき野生植物。いや、名前はあるはずだけど、単に私が無知なだけ。どこから飛んできたのか、オレンジやピンク、黄色の可憐な花々が、新緑に彩りを添えている。水やりもしていないのに、元気に咲き誇っています。

裏庭に咲く「名もなき花」と、【ジル サンの画像_1
花弁を大きく広げて咲く、ユウゲショウ。

「“雑草”ゆう草はないき。必ず名がある」。朝ドラ『らんまん』の影響をもろに受け、脳内にふとよぎったのは、牧野富太郎博士の名言(万太郎バージョン)。何度聞いても素敵な言葉です。花の名前を知らないことが急に恥ずかしく思えてきて、ネットでいそいそと調べてみました。

裏庭に咲く「名もなき花」と、【ジル サンの画像_2
花弁が糸のように繊細なハルジオン。

すらりと伸びた細い茎が風にそよぐオレンジの花は、ナガミヒナゲシ。花弁をめいっぱい広げて咲く、ピンク色のユウゲショウ。糸のような花弁が繊細なハルジオン、クローバーのような葉をたくさんつけた黄色い小花は、カタバミ。こんなに愛らしいのに、どれも強靭な繁殖力を持つ外来種とのこと。人もそうですが、植物も見かけで判断できないものです。名前がわかった途端、それまでぼんやりしていた裏庭の景色が、少しだけくっきりと輪郭を表したように見えました。それはそうと、そろそろ本気で草むしりしなくては……。

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カタバミの蜜を吸うヤマトシジミ。

“名もなき”とはまた違う話になりますが、ファッションの世界では洋服に対して「アノニマス」という言葉を使うことがあります。ひとめでブランド名がわからない、あるいはシーズンやトレンドを象徴しない、まさに匿名性の高いデザインを“アノニマスな服”と呼んだりしますが、その最たるもののひとつが白シャツです。
昔は、白シャツなんてどれも同じで退屈だと思っていましたが、年齢を重ねるにつれてその魅力や奥深さが分かるようになってきました。パリッとしたシャツに袖を通すときにまとう、あの清らかで凛とした空気が好きです。ジャケットでは味わえない純白の心地よい緊張感が、着る人のさりげない所作にもにじみ出るような気がします。

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春先に購入した、ジル サンダー バイ ルーシー アンド ルーク・メイヤーのシャツ。

ちょうど1ヵ月ほど前に、ジル サンダーの白シャツを新調しました。新年度に身も心も引き締まるようにと、思い切った買い物でした。すっきりとしたノーカラーに、プラストロンをあしらったロング丈。クラシックとモダンの融合具合が絶妙だし、コットンポプリンの軽やかでドライな着心地は最高。「SATURDAY」という遊び心を感じるネーミングにもシビれました。ミニマルで匿名性があるけれど、決して“ノーマル”じゃない。ジル サンダーらしいひねりの効かせ方が、とても気に入っています。

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「SUNDAY(日曜日)」から「SATURDAY(土曜日)」まで。ジル サンダーの白シャツには7つの曜日名が付いています。

大事な取材の日にこのシャツをおろしたのですが、いつの間に付いてしまったのやら。翌日にさっそくボールぺン汚れを発見。さらによく見ると、袖口にも謎の黒ずみができてしまっている。気を付けていたはずなのに、なんでこうなるの! ちょっと萎えながら裏庭に目をやると、名前を覚えたての花々は相変わらず元気そうにこっちを見つめていて、無邪気に手を振るように風に揺れていました。「雑草のように」なんていうと牧野博士に叱られそうですが、美しく、逞しく生きる彼らの姿に、日々小さな勇気をもらっています。

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エディターHAYASHI

生粋の丸顔。あだ名は餅。長いイヤリングと丈の長いスカートが好き。長いものに巻かれるタイプなのかもしれません。

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