100年前の写真とは思えない新鮮さ。一度は観るべき【安井仲治 僕の大切な写真展】 #深夜のこっそり話 #1908

先日、写真に詳しい友人に勧められて行ってきたのが、東京ステーションギャラリーで開催中(4月14日まで)の「生誕120年 安井仲治 僕の大切な写真展」。大正から昭和初期にかけて、戦前の日本の写真界を牽引する存在だった写真家の回顧展です。これまでに愛知県美術館、兵庫県立美術館を巡回し、東京は3館目。とても見応えのある内容だったので、ご紹介させてください。

ジャンルにとらわれない多彩な表現スタイル

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東京ステーションギャラリーで開催中の「生誕120年 安井仲治 僕の大切な写真展」。フライヤーのデザインも素敵です。

1920年代にカメラを始めた安井仲治さんは、10代にして才能を認められ、写真の世界で頭角を現しました。本展では、1942年に38歳で早逝するまでの約20年間に発表された、200点以上もの作品を、年代順にたどることができます。

もっとも印象的だったのは、表現スタイルや作風が多岐にわたること。安井さんが写真を始めた1920年代は、絵画のような風合いを持つ「芸術写真」が流行していました。当時の街並みや市井の人々をモチーフにした初期の作品は、まるで風景画を見ているような趣があります。印画紙に直接顔料をのせたり、不要な部分を漂白したり、じつに繊細に作り込まれていて、写真とは思えないような独特の味わい深さがありました。

1930年代になると、ドイツの写真に影響を受けた前衛的な表現が増えていき、技法や対象はますます多彩に。静物を即興で組み合わせた不思議な構図や、モンタージュ技法を駆使して作り出した幻想的な光景など、実験的でモダンアートのような作品の数々に息をのみます。100年も前に撮られた写真なのにまったく古さがなく、むしろ新鮮にすら感じました。

その一方で、メーデーのデモ隊を捉えた臨場感のある写真や、朝鮮人集落の人々、ホロコーストから逃れて日本にたどり着いたユダヤ人のポートレートなど、困難な環境に生きる人々を映したドキュメンタリー的な表現も多数見られました。

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ギャラリー外に貼られているポスター。インパクトのある写真に足を止める人も。

そして、中にはクスッとなるような作品も。例えばこの大勢の女学生たちがいっせいに首を回しているところをおさめた写真。晩年に撮影された作品ですが、戦時体制下の全体主義の滑稽さのようなものが描き出されていて、安井さんならではの社会への反発とシニカルなユーモアを感じます。ときに作為を加えたり、ありのままの日常風景をスナップしたり、特定のジャンルにとらわれない自由度の高さが、なんとも軽やかで面白い。きっとおおらかで優しい人だったんだろうなと想像して、思わず口角が上がりました。

何気ない日常の中に美しさを見出す

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窓ガラスにとまった蛾を写した作品《蛾(二)》のポストカード。ミュージアムショップで購入しました。

昆虫や犬などの生き物を撮影した写真が多いのも印象的でした。特に引き込まれたのが、自邸の窓ガラスにとまっている蛾を撮った写真。撮影されたのは1934年で、安井さんが実の弟と妹を亡くし、同時に新たな子どもを授かった時期でもあります。日常のなんでもない光景、普段目にもとめないような一瞬の中に美しさを見出すセンスもさることながら、独自の視点でとらえた命の尊さと力強さに、純粋に胸を打たれました。帰りに立ち寄ったミュージアムショップでポストカードを見つけたので、記念に購入。デスクに飾って愛でています。光に透けた羽の質感が綺麗で、ずっと眺めていられる一枚です。

安井仲治作品集
展覧会をもとに編集された『安井仲治作品集』(河出書房新社)。こちらもミュージアムショップで購入しました。

安井さんの作品は、その幅広い作風から捉えどころがないようにも感じるのですが、ひとつひとつの作品からは、社会の中で虐げられているものや見落とされがちなものと向き合おうとする真摯な姿勢が滲みます。表現方法やスタイルこそ多様ですが、写真を通じて社会の問題に意識を向けるスタンスは一貫している。その芯の強さ、ブレない審美眼こそが、安井作品の魅力だと思います。

会場の一部の写真には、安井さん自身の言葉による解説が添えられていて、それもまた見どころのひとつ。撮影当時の心境が率直に綴られているので、安井さんと対話しながら作品を観ているような気持ちになり、より親しみを感じます。戦災を免れた貴重なオリジナルプリントをはじめ、胸に迫ってくるような作品の数々をぜひ実物の写真で体感してください。写真展は4月14日まで。とにかく見応えたっぷりなので、時間に余裕を持って観に行くことをおすすめします。

「生誕120年 安井仲治 僕の大切な写真」

会期:2024年2月23日(金・祝日)~4月14日(日)
会場:東京ステーションギャラリー
https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202402_yasui.html

エディターHAYASHIプロフィール画像
エディターHAYASHI

生粋の丸顔。あだ名は餅。長いイヤリングと丈の長いスカートが好き。長いものに巻かれるタイプなのかもしれません。

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