「ブツドリ」の奥深さに触れる、滋賀県立美術館の展示がすごかった #深夜のこっそり話 #2146

誰もがスマホで気軽に写真を撮れるようになって久しいですが、プロの撮影現場に立ち会ったり、取材用に写真を撮ったりしていると常々思います。物を撮るとは、かくも奥深い行為なのかと。だからこそ、滋賀県立美術館で開催中の『BUTSUDORI ブツドリ:モノをめぐる写真表現』は、どうしても見逃せませんでした。

「ブツドリ(物撮り)」をテーマに、多彩な写真表現を紹介

滋賀県立美術館『BUTSUDORI ブツドリ:モノをめぐる写真表現』の会場入り口
『BUTSUDORI ブツドリ:モノをめぐる写真表現』の会場入り口

「ブツドリ」とは、物を被写体に撮影した写真のこと。本展では、明治期から現代までの200点以上の多彩なブツドリ作品が展示されています。写真そのものの魅力はもちろんですが、それらを通じて日本の写真史をたどれるという側面もあり、じっくり観ていたら2~3時間はあっという間。かなり見応えのある内容でした。

特に印象に残っているのは、自身のアトリエにあるさまざまな物を写した、大辻清司さんのモノクロ作品群「いとしい〈モノ〉たち」。1975年に雑誌『アサヒカメラ』の連載に掲載されたものです。会場内撮影不可のエリアだったので、ぜひタイトルから画をイメージしてみてください。『破りすてたあとで拾った大事なデータのある封筒』、『ここにこんなモノがあったのかと、いろいろ発見した写真』、『うまく作ってやろうと思うので、八年たっても手をつけられないプラモデルの写真』――どれも共感で胸がつまりそう。まさに愛しい。被写体は自分とは無関係の「単なる物体」なのに、写真を通じて饒舌に思い出を語り始めるんですよ。観ているこちらも不思議と愛着を持てる作品でした。

そんな大辻さんのもとで写真を学んだ潮田登久子さんの「Bibliotheca」は、30年にわたりさまざまな本をオブジェとして撮り続けた名シリーズ。昨年のキョウトグラフィで展示された冷蔵庫のシリーズしかり、潮田さんのマニアックな視点が好きすぎる私。今にも崩れそうなボロボロの大学ノートや、付箋まみれで反り返ってしまった国語辞典など、ひとつひとつの書物から歴史の重みが伝わってきて、思わず拝みたくなります。本というオブジェとしての美しさだけでなく、それらを手にしてきた人びとの思いまでもが映し出されているように感じました。

たった1枚の写真が語るストーリー

『BUTSUDORI ブツドリ:モノをめぐる写真表現』の展示作品。森永ミルクチョコレートの商業写真
(上)島村逢紅『森永ミルクチョコレートとテニスラケット、セーター』(1933)、(下)島村逢紅『森永ミルクチョコレートと子どもたちの足』(1931)

胸を打たれたのが、1930年代に撮影された森永ミルクチョコレートの商業写真。子どもたちの足もとには、おそらく中身は空っぽであろうミルクチョコレートの箱が無造作に捨てられています。ふたりはきょうだいでしょうか。椅子に座って何に夢中になっているのやら。背後にある物語を想像しながら、「仲良くしなあかんで」と余計な親心まで出てきて頬が緩みます。商業写真然としない、何気ない日常を写し取ったかのような写真に強く惹かれました。

『BUTSUDORI ブツドリ:モノをめぐる写真表現』の展示作品。サントリーウイスキーのポスター
『ウイスキーをありがとう。サントリーローヤルの贈りもの ポスター』(1984)AD:葛西薫 CD:安藤隆 D:西川哲生 Ph:藤井保 A:ジョージ伊藤 Pr:藤森益弘 CI:サントリー

こちらは80年代のサントリーウイスキーのポスター。芦ノ湖畔の湖面と空の境界線をバックに撮影されたのは、ふたつのグラス。「グラスを撮るために芦ノ湖まで行ったんだ……」と輝かしい時代に思いを馳せつつ、その静謐な写真から連想させるのは、ふたりの大人の親密で優雅な時間。しかもよく見ると、左右のグラスでウイスキーの減り具合が違う。しかもしかも、表面には細かい水滴がついている。ふたりが過ごした時間の経過まで感じ取ることができる、表現の機微にグッときました。ウイスキーは飲めないけど、こんな大人な時間を大切な人と過ごしてみたい。

『BUTSUDORI ブツドリ:モノをめぐる写真表現』の展示作品。ホンマタカシさんの『物物』プロジェクト
ホンマタカシ『物物』(2012年刊行)より

画家の猪熊弦一郎さんのアンティークコレクションの中からスタイリストの岡尾美代子さんが選んだ品々を、ホンマタカシさんが撮影した「物物」というプロジェクト。写真集は見たことがあったのですが、被写体の実物とあわせて鑑賞できたのがよかった。写真として捉え直されることで、モノは新たな魅力を放つんだなと再認識しました。「すごいカメラ目線ですね、この人たち」「ちょっと不満そうですけど、後ろの人が」という撮影中に交わされた岡尾さんとホンマさんの会話も添えられていて、そのゆるさがまたいい。撮影の舞台裏を垣間見れた気分でした。

パリのアパルトマンの窓から見える空を背景に、さまざまな古着を撮った、オノデラユキさんの「古着のポートレート」も素晴らしかったです。誰も着ていないのに服だけが宙に浮いているように佇んでいて、まるで身体のないポートレートのよう。子どもの服も大人の服も同じ大きさになるように撮影されていて、迫力を感じました。どんな人が着ていたのだろう。どんな人生を歩んだ人なんだろう。観る人に想像が委ねられます。古着という身近な物を通じて、生と死を見つめ直す作品です。

滋賀まで行けなくても、図録で堪能できる

『BUTSUDORI ブツドリ:モノをめぐる写真表現』の図録
(左)島尾伸三、潮田登久子『ビブリオビブリ』(2024)¥3,300、(右)展覧会図録¥3,000

ブツドリの深さに沁み入った本展、ぜひ足を運んでいただきたいところですが、「滋賀まで行けない……」と諦めている人もいらっしゃるのでは。でも大丈夫、通信販売で購入できる展覧会図録には、ほとんどの出品作が網羅されていますから。戦前の日本の写真界を牽引した安井仲治さんの『斧と鎌』のグラフィカルな装丁も素敵。購入する場合は、ミュージアムショップ「Kolmio in the museum」に連絡してみてください(070-1767-0529)。

財布の紐が緩んでもう一冊。潮田登久子さんが撮影した本の写真に、夫の島尾伸三さんの言葉を添えた『ビブリオビブリ』も買いました。ひとつひとつの作品にあだ名が付けられていて、それぞれの本がまるで命ある存在に見えてきます。島尾さんが綴るパーソナルなエピソードや、雑学満載の脚注も最高。思わぬ収穫でした。

滋賀県立美術館の会場内にあるラウンジスペース
会場内にあるラウンジスペース。鑑賞に疲れたら、ここで図録を読みながらひと休み。

その瞬間を切り取り、記録するだけにとどまらず、見えないものを捉えることもできるのが写真の魅力。この展示を鑑賞する前と後では、身の回りにある物を見る視点が少し変わってくるんじゃないかと思います。京都駅からJRとバスを乗り継ぎ、40分弱。緑あふれるのどかな場所です。ぜひお出かけください。

展覧会の詳細はこちら

BUTSUDORI ブツドリ:モノをめぐる写真表現
会期:~3月23日
会場:滋賀県立美術館(滋賀県大津市瀬田南大萱町1740-1)
開館時間:9:30~17:00(入館は閉館30分前まで)
休館日:月曜日(祝休日の場合は翌平日)
観覧料:一般1,200円

エディターHAYASHIプロフィール画像
エディターHAYASHI

生粋の丸顔。あだ名は餅。長いイヤリングと丈の長いスカートが好き。長いものに巻かれるタイプなのかもしれません。

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