2021.05.24

その口紅には物語がある。坂本眞一の「赤い唇」

緻密かつ圧倒的な描写で、常に読者に驚きを与える漫画家の坂本眞一さん。「人物を描くうえで最も大切にしているパーツのひとつ」と語る唇にフォーカスをあて、現在連載中の作品『#DRCL midnight children』の登場人物を描くスペシャルな企画が実現。唇を彩る口紅の物語とともに紹介する

PROFILE
さかもと しんいち●1990年デビュー。2010年『孤高の人』、’21年『イノサンRouge』(ともに集英社)で文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。『グランドジャンプ』にて『#DRCL midnight children』を好評連載中。

「唇は僕が人物を描くうえで最も大事にしているパーツのひとつです。それは皮膚という殻に覆われた人体の中で、内面、生命とつながっている部分だから。今回、イメージしたのはロセッティが描くような宝石のように輝く艶感のある真っ赤で肉感的な唇です。そこに塗る口紅も血の色に近い赤を選びました」

坂本さんが現在連載中の漫画『#DRCL』はブラム・ストーカーの『ドラキュラ』が原案となっている。今回描いたルーク(ルーシー)は昼は男性、夜は女性とふたつのジェンダーを行ったり来たりする人物だ。「この作品の舞台は19世紀末ヴィクトリア朝のイギリス。抑圧された美意識に支配された世界を象徴するかのような真っ白に揺れる花嫁のヴェールの奥、鮮やかな口紅をさすことで胸の中に押し殺していた燃え盛る生命力があふれ出るイメージで描きました。僕は普段、登場人物の性別によって唇を特別に描き分けることはしません。生命に性別はないですから」

 

HERMÈS

今回のイラストを描くにあたって坂本さんが手にとった口紅は「ルージュ・エルメス」。昨年の誕生以来、選び抜かれた色とオブジェのように美しいデザインが注目を集める。カーフレザーの光沢感をイメージした質感と青みを帯びた赤が冴える。ルージュ エルメス ルージュ ア レーヴル サティネ 64 ¥7,920/エルメスジャポン

 

8ブランドの名作口紅物語

唇を彩る一本のリップスティック。その誕生に込められた思いと美しい色に託された情熱……口紅って、なんてドラマティック!

 

SHISEIDO

1 1872年、明治5年に日本初の洋風調剤薬局として銀座に創業した資生堂。創業から25年後に化粧品分野に進出。以降、日本の化粧文化を世界へ発信し続けている。ブランド"SHISEIDO"のアイコンリップは222番のGinza Red。日本人の肌にひときわ映える朱赤を先進のテクノロジーを用い、スキンケアのように軽いジェルテクスチャーで表現。技術の粋を極めた一本だ。
ヴィジョナリー ジェルリップスティック 222 ¥3,960/SHISEIDO

 

shu uemura

2 ハリウッドで活躍した天才メイクアップアーティスト植村秀氏。2007年にその生涯を閉じる直前まで現役として活動した彼が追求したのは多彩な色。中でも赤へのこだわりは強く、創業時に発表した口紅は赤だけで16色を揃えていたという。現在のイットカラー、RD 163は長年にわたるアジア人の肌研究から、さっと塗るだけで顔を明るく見せる色として開発されたもの。
ルージュ アンリミテッド RD 163¥3,740/シュウ ウエムラ

 

CHANEL

3 スティック形状の口紅を考案した、マドモアゼル シャネル。そんなシャネルの進取の精神を受け継ぎ、2010年、グロス全盛時代に紅をさすというエレガントな所作を今一度思い出してほしいと誕生したのがルージュ ココだ。「悲しいときにはルージュをまとって挑みなさい」というマドモアゼルの言葉に今ほど勇気づけられることはない。選ぶなら彼女が好んでつけた肌映え抜群の赤にキマリ!
ルージュ ココ 444 ¥4,730/シャネル

 

NARS

4 90年代のスーパーモデルブームの一翼を担った天才メイクアップアーティスト、フランソワ・ナーズ。当時、彼がヘビロテしていた12色だけを口紅として製品化しブランドがデビュー。その後、口紅はシェード、質感ともにアップデート。2年前のリニューアル時に大ヒットを記録したのが2912。マルドワインにたとえられる暗めの赤茶はブラウンリップブームを牽引した。
NARS リップスティック 2912 ¥3,630/NARS JAPAN

 

Yves Saint Laurent

5 設立当初から女性をエンパワメントし続けてきたサンローラン。男性用のタキシードをフェミニンなスタイルに昇華したスモーキングルックが発表された1966年は女性に自由への扉が開かれた記念すべき年。その年号を色番にしたROUGE LIBREは燃えるようなバーントレッド。秘めた情熱を引き出し、表情に自信を与えてくれる、パワーレッドだ。
ルージュ ピュールクチュール N°1966 ¥4,730/イヴ・サンローラン・ボーテ

 

DIOR

6 1953年、「笑顔をドレスアップしたい」と創始者クリスチャン・ディオールの願いから誕生したディオールの口紅。以来、70年弱の間にさまざまなトレンドを生み出してきた。2021年に生まれ変わった新口紅はフローラルリップケア成分を配合しつつ、4つの質感で展開。「赤は生命の色」と語ったムッシュのこだわりを反映した濁りのないレッドがイチ押し。
ルージュ ディオール 999V ¥4,950/パルファン・クリスチャン・ディオール

 

GUERLAIN

7 ジュエリーのように美しいリップケースとリフィル式の口紅を組み合わせるルージュ ジェ。リップを引き出すと、ケースのふたが開き、ダブルミラーが現れる設計はルージュを塗るしぐさまでも美しく見せることにこだわるゲラン流エレガンスだ。特に人気なのは"ゲランレッド"と称される、輝きを放つピンクみを帯びた赤。
ルージュ ジェケース ミニマルシック ¥2,970・同 リフィル 25 ¥4,180/ゲラン

 

ADDICTION

8 2020年、コロナ禍中の登場にあって、発売翌日に完売の記録を打ち立てたリキッドルージュが、009のPeruvian Brown。世界で活躍するメイクアップアーティストKANAKOが理想とするブラウンに出合えず自らつくったブラウンリップのなかの一色。ぬくもりのあるテラコッタブラウンはありそうでなかった色。今までにない軽やかな質感と相まってすべてが新しい。
アディクション ザ マット リップ リキッド 009 ¥3,520/ADDICTION BEAUTY

SOURCE:SPUR 2021年6月号「坂本眞一の『赤い唇』」
illustration: Shinichi Sakamoto photography: Takafumi Yamada〈angle〉 styling: Masayo Kooriyama〈STASH〉 text: Teruno Taira(8ブランドの名作口紅物語)

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