羊文学 塩塚モエカさん × トム フォード エベーヌ フュメ
ÉBÈNE FUMÉ
Words by Moeka Shiotsuka
ずっと昔から気付いていた
手を伸ばす度、都市のノイズが掻き消すので
ぎりぎりでようやく捕まえた記憶
見たこともない夜の丘で
肩を寄せ合って囲んだ小さな火
温かな肌を、私は確かに覚えている
深呼吸、その後は
一度も嘘を吐いたことのない人みたいに
爪先まで全部洗い流して
言葉さえも手放しきったら
もう一度、裸の心で話し始める
焚き火を連想させるスモーキーな香りには、一言では表せない、深い親しみを感じました。特に肌の温度と混ざったときに、記憶の深いところが呼び起こされる感覚がある。私にとって香りとは、記憶と密接に結びついているもの。今までも、春風の香りを感じて、かつての春を思い出し、曲を書いたことがあります。この詞には、自分を見つめ直すことができるような、ゆったりとしたアンビエントな曲を添えたいと思います
(塩塚さん)
Profile
しおつか もえか●繊細で力強いサウンドが特徴のオルタナティブロックバンド「羊文学」のボーカル、ギター。話題のTVアニメ主題歌「光るとき」を含む、ニューアルバム『our hope』が発売中。5月29日からは全国ツアーも。
「瞑想のような感覚を味わえる香りを求めていた」と、トム・フォード自身が語るフレグランスは、古代より浄化に用いられてきた香木パロサントと官能的なエボニー ウッドをメインにしたノート。そこに、スモーキーなレザー、パウダリーで優美なシスタスの樹脂の香りが調和し、やがて壮大なフローラルやローズへと昇華されていく。広大な大地のパワーから得る高揚感と、自分自身の心の奥底へと訴えかける穏やかな気持ち、その両方を体感できる神秘的な香り。
WONK 長塚健斗さん × イッセイ ミヤケ ア ドロップドゥ イッセイ
a drop d’lssey
Words by Kento Nagatsuka
The sunrise woke me from recurring dreams on the worn-out sofa
(何度も見た夢から朝日が僕を起こした。古びたソファの上。)
The dry negroni without an orange peel revealed her carefree smile
(オレンジピールの入っていないドライネグローニが彼女の屈託のない笑顔を見せてくれた。)
and I’m still feeling the warmth of her body. The sweetest night.
(彼女の温もりがまだ残ってる。甘い夜だった。)
Now a faint scent of fragrant olive from somewhere afar
(金木犀の香りがどこからともなく、かすかに漂ってきた。)
イメージしたのは、かつて一緒に過ごした人。さわやかさを感じさせるジャスミン、色気を感じさせるダマスクローズが、自然と口ずさめるやさしいメロディを連想させ、軽やかなリリックができ上がりました。香りからインスピレーションを得てメロディや詞を作るというアプローチは、普段からよく行なっていて、僕にとってはごくナチュラルなこと。個人的には、晴れの日の散歩の時間にまといたい、爽快なノートだなと感じました(長塚さん)
Profile
ながつか けんと●音楽のジャンルを超え、メンバーそれぞれがフィールドプレイヤーとして活躍するバンド「WONK」のボーカリスト。料理人としての一面も持つ。5月11日には新アルバム『artless』を発売。
一滴の透き通る水のしずくが、自然の中で形を変えながら、拡大鏡のように世界を映し出す。そんな神秘的な現象を香りに落とし込んだ、イッセイ ミヤケのフレグランス。メインとなるのは、伝統的な抽出方法では香りを取り出せないライラック。調香師であるアネ・アヨが、そんなライラックのノートをブレンドによりパーフェクトに再現。フレッシュな中に、アーモンドミルクやジャスミン、ムスクがやさしく香る、温かく包容力のあるコンポジションだ。
Julia Shortreedさん × コム デ ギャルソン アメージングリーン
AMAZINGREEN
Words by Julia Shortreed
この森を歩けば 境界線は消えていく
煙を吸った木々と 雨の甘い香り
結び目が解けて 漂う記憶たち
私たちは何度も出逢う 姿を変えながら
思い出して忘れて ここへ帰ってくる
あなたに包まれて 目を閉じれば
私は風となり 苔となる
あなたの一部だったことを思い出す
争いも憎しみもない 朝を祈って
私たちは何度も出逢う 時を流れながら
寝そべって呼吸して ここへ帰ってくる
あなたに抱かれて あとは眠るだけ
数年前にひと目惚れならぬ"ひと嗅ぎ惚れ"し、以来ずっと愛用しているフレグランスは、まるで深い森へと連れていってくれるような、野生の葉が香るグリーンノートが印象的です。私にとって自然の中で過ごす時間は、自身の内側とつながり、目に見えない神聖な存在に触れる、穏やかなひととき。そんな時間を日常の中で追体験できる香りをまとうのは、ある種のお守りのような感覚です。その安心感を表現したいと思い、言葉を探しました(Juliaさん)
Profile
ジュリア・ショートリード●シンガーソングライター。映画やCMへの楽曲提供も多数。モデルとしても多方面で活躍する。2018年からはエレクトロユニット「Black Boboi」として、映画『恋する寄生虫』の挿入歌にも参加。
トップノートには、やしの葉、グリーンペッパー。セカンドノートでは、つる科の葉やショウブの根、コリアンダーの種をブレンド。樹木のエネルギーと刺激的なスパイスのアコードに、ラストノートでは火薬や煙をイメージしたスモーキーな香料とホワイトムスク、ベチベールが加わり、さらなるインパクトを残す。オーガニックとミネラルの目がくらむようなハーモニーは、いつの時代も革新的な提案をし続ける、実にコム デ ギャルソンらしい香りといえる。
SOURCE:SPUR 2022年6月号「3人のアーティストが紡ぐ、オムニバス 香りに詞をつけたなら」
photography: Ayumu Yoshida styling: Yuuka Maruyama 〈makiura office〉 edit: Sachico Maeno