歴史あるメゾンを甦らせた、アメリー・フイン社長にインタビュー
2020年12月20日に世界2号店となるフラッグシップショップを青山にオープンした、フランスのフレグランスメゾン、ドルセー。200年近い歴史あるメゾンに新たな命を吹き込んだのがCEOであるアメリー・フイン氏だ。来日した彼女にブランドへの思い、日本のカスタマーに伝えたいドルセーフレグランスの魅力を自身の口から語ってもらった。
2019年、パリに初のブティックがオープンして以来、フランスのファッション業界で話題沸騰のドルセー。日本でも個性的な香りが見つかるブランドとして感度の高い人々に注目されている。約200年前に生まれたこの老舗のメゾンを甦らせたのがアメリー・フインだ。既に自身のジュエリーブランドを手掛けていたアメリーが新たにドルセーを復興させようと思ったきっかけとは何だったのだろうか。
「ドルセーに出合ったときに、ブランドが生まれた背景に素敵な真実の愛の物語があることを知り、それにとても感銘を受けました。マーケティングでは作り出すことのできない、真実の美しい物語。フランスには新旧織り混ぜ、無数のフレグランスブランドがあります。そこで新たにブランドを創るのではなく、既に存在するこの素晴らしいブランドをその歴史や物語とともに後世に伝えたいと思ったのです」(アメリー・フイン 以下同)。
歴史あるメゾンを後世に残したい
ドルセーが誕生したのは19世紀。ナポレオン時代の将軍の息子であり、芸術的な才能に恵まれたアルフレッド・ドルセーが、恋人と同じ香りを身にまとうために作った香水が始まりだ。2世紀にわたる歴史をもつドルセーはかつてフランスで高い認知度を誇っていたが、アメリーに見出されたころはニッチなブランドとして多勢に紛れていた。そんな中でも人気を保っていたのが "Tilleul(ティユル)" というフレグランス。
「ティユルは1912年に発表されたドルセーを代表する香水で、深く甘い花の香りを含んだ菩提樹の香りです。2008年、調香師であるオリヴィア・ジャコべッティによって再解釈されました。そして2020年に『どこか他の場所へ行きたい C.G. 』としてリリースされました。スズランやミモザといったパウダリーな花の香りを彷彿させ、ドライな干し草と蜂蜜の甘さが重なるフローラルグリーンです」。
ブランドのアイデンティティを保ちながらも、香りに現代風の解釈を加えて進化させた新生ドルセーは、瞬く間に感度の高い人々に支持されるようになった。
香りの名前についたイニシャルの秘密とは?
それぞれの香水の名前がイニシャルで表記されているのもブランドのユニークネスのひとつ。
「香りの名前をイニシャルにしているのは、メゾンの創始者アルフレッド・ドルセーの秘密の恋から生まれました。既婚の年上の女性マルグリットと恋に落ちたアルフレッドが、彼女との手紙のやり取りにイニシャルを使っていたというストーリーからインスピレーションを得ています。香りそれぞれに付けられたイニシャルの人物の名前は明かされず、まとう人の想像力に任されています。匿名であることで、ご自身の経験や感情を投影しやすいのではないでしょうか? 副題にはその人物の手掛かりとなるフレーズが付けられています。日本の方々の好奇心をかき立て興味を持ってくださるのに役立っているようです」。
2020年、世界で二番目の旗艦店が青山にオープン
2019年のパリ・サン=ジェルマン=デ=プレに旗艦店である第一号店をオープンし、イギリスの「ハロッズ」や「セルフリッジス」、パリの「ノーズ」や「ギャラリー・ラファイエット」など、世界19ヶ国で展開しているが、二番目の旗艦店を置いたのは東京・青山。なぜ、香水マーケットとしてはさほど大きくない日本を選んだのだろう?
「私は日本の文化的背景がとても好きなんです。歴史があり、繊細なことに目が届くといったところがとても。日本の皆さんはドルセーの世界観を理解し、好きになってくださると思ったのです」。
「日本の方はあまり香水を使わないと言われていますが、ドルセーの繊細な香り方は洗練された日本のお客様の好みにマッチすると思います。ドルセーは希少なハイグレードの香料を使っていますが、一般的な市場にある香水のように強くは香りません。すごく繊細で肌になじむ、スキンパフュームです。だから、製品名もフレグランスではなく、ボディフレグランスとしています」。
日本の気候や環境におすすめの香りは?
日本の文化と感性が大好きというアメリーに、おすすめの香りを聞いてみた。
【最高の自分 M.A. ボディフレグランス】
「香りはとてもパーソナルなもので、直感的に好きか嫌いかが決まるものだから、安易にリコメンドはできません。それにどの香りも自分の子供みたいなもの。どの子が一番とは言えないけれど……。ホワイトムスクを使ったM.A.はプレイフルな香りで、日本で最も人気があります。香ったと思った瞬間にははかなく消えているようなギミックがユニーク。アイリス、バイオレットが香る優しさのあるジェンダーレスなフレグランスです」。
【心を込めて L.B. ボディフレグランス】
ブランド誕生のきっかけとなったアイコニックな製品。
「かつてアルフレッド・ドルセーは、恋人と離れている時間も彼女を感じていたいと二人のために初めてのユニセックスフレグランスを作りました。約200年前に作られたこの香りを新進気鋭の調香師、ファニー・バルが再解釈を手がけました。彼女は世界的に有名な調香師ドミニク・ロピオンの愛弟子で、複数の著名なブランドでヒット香水を作り出している人。オレンジブロッサムを基調とした透明感あるイノセントな香りなのだけど、モスとアンブロクサンが入っていて実は最後までイノセントなわけではなくて、ダーティで官能的な香りに変化します」。
【ダンディ オア ノット G.A. ボディフレグランス】
「この9月に発売した新しい香り。オリジナルは1925年に女性がつけるダンディな香水というコンセプトでした。それを1999年にドミニク・プレサスが再解釈して、ラムやウイスキー、パイナップルを使った男性向けのフレグランスに。このときはたくさんの香料を使用した複雑な処方だったのですが、新たにシドニー・ランセッサーが配合比率を変え、性別を問わずつけやすいように進化させました。オレンジブロッサム、ブラックペッパー、スモーキーなブラックティーにパチョリやベチバー、それにレザーが溶け合う香りです。ドルセーの中では、他のものに比べるとインテンスでロングラスティングですね」。
心に平安をもたらす、ホームフレグランスも充実
ドルセーの香りはボディフレグランスと呼ばれる香水の他、自宅で過ごす時間に欠かせなくなりつつあるホームフレグランスも豊富に揃う。時間ごとの情景が表現された香りたちは、00:30や23:15といった時刻が名前につけられている。
【03:50 この前と同じところ センティドキャンドル】
「パンデミックによって、家で過ごす時間がより大切なものになりましたよね。私自身、外出できなかったあの時期に香りがあることで、檻に閉じ込められたように感じることなく過ごすことができました。コクーンの中にいるような、内省を促す時間でしたね。香りというのは記憶に直結するものだから、あの時に使った香りを嗅ぐと、今もそのとき感じたピースフルなマインドが戻ってきます。それが『03:50 この前と同じところ センティドキャンドル』。滑らかさ、柔らかさのあるウッディな香りは、心を穏やかにしてくれます」。
メゾンの伝統を尊重しつつ、インディペンデントに活躍する調香師と協力しながら香りのラインの再構築を行ってきたアメリー。最後に、彼女にとって「フレグランスとは何か?」と聞いてみた。
「かけがえのない友達です。香水をつけ忘れて外出すると不安ですぐ家に帰りたくなってしまう。いつも自分のそばにいてくれて自信を与えてくれる存在。スーパーヒーローのパワースーツのようなものが、私にとっては香水とジュエリーなんです。身に着けることで強くなれる気がします」。
子供のころから香りに魅了され、ドルセーと運命的な出合いを果たす。現在はドルセーCEOとしてメゾンを成長させる一方、自身のジュエリーブランドでクリエーションも続けている。プライベートでは3人の子を持つ母。