ジバンシイの持つクチュール性をモダンにアップデートし、表現したい
トム・ウォーカーのメイクアップ クリエイティブ ディレクターへの就任が発表されたのは、2022年1月のことだった。パルファム ジバンシイがどのように変化していくのか、誰もが新しいコレクションを期待して待つこと約1年弱。初来日を果たした彼は、メディアに向けて春にふさわしいルックを披露した。
「ジバンシイは偉大なヘリテージを持っている。その芯にあるエレガントさは守りながらも、大胆に、そしてモダンに表現していきたい」という彼の言葉通り、目を引いたのはフレッシュな肌づくりだ。モデルの肌に最初にのせたのは2月に登場するカラーコントローラー「プリズム・リーブル・スキンケアリング・コレクター」(1)。
「ファンデーションを塗ったあとでは、どの部分を補整するべきかわからなくなるので、先にコレクターで補整します。小鼻横の赤みを消すにはグリーン、ブルーは顔全体に透明感をもたらし、ピーチは影を消すのでリフトアップ効果が狙えます」とトム。肌の色みを整えたあとにファンデーションを重ねる。特にカバーをしたい箇所には「プリズム・リーブル・スキンケアリング・コンシーラー」(2)をブラシで少量のせて。仕上げには、アイコン製品の4色パウダー「プリズム・リーブル」(3)を。
「この『プリズム・リーブル』はマットに仕上げながらも繊細な輝きを素肌に仕込むルースパウダー。初めて工場とラボを見学したときに、ベースメイク製品をつくる技術の素晴らしさにジバンシイは革新的だと感じました」
トム自身もメイクアップで最も重要視するのが肌だ。そのこだわりは幼い頃、化粧品に興味を持ったきっかけにも起因する。
「5歳ぐらいかな。僕の名付け親でもある母の親友が化粧をするところを見るのがとても好きだったんです。古風なバニティケースを持つ姿や、そこから口紅を取り出すしぐさまで素敵で。そしてメイクアップを始めるとみるみる美しく変身していく姿をずっと眺めていた。そのときに触れた美の音——ポーチを開ける音や化粧品の蓋を開閉する音——、そしてコスメティックスが放つ香りが芸術だと感じたのです。それがこの仕事を選んだ原点です」
数多くの経験を糧に新しいステージへ歩を進める
イギリス北部出身のトム。彼のメイクアップアーティストとしてのキャリアは、パリでスタートした。性別を問わず、顔立ちをより美しく際立たせるエッジのきいたメイクアップで『i-D』『AnOther』をはじめとするファッションマガジンや、名だたるメゾンのビジュアルを手がけてきた。ジバンシイからメイクアップ クリエイティブ ディレクターのオファーがきたときは驚きとともに、長年ビューティ業界で続けてきた努力が認められた、と感銘を受けるトム。そんな彼が自身にとって転機となったと語るのが、アート作品としても名高い「ピレリ・カレンダー」(4・5)だ。
「この仕事が間違いなく人生を変えたもののひとつ。まずフォトグラファーのパオロ・ロベルシと仕事ができたこと。『ロミオとジュリエット』のジュリエットをコンセプトに、多くの俳優やセレブリティにメイクアップを施しました。7日間にわたる撮影は〝映画を撮りに来たのかな?〟と思うほど壮大。キャストのよさを生かしつつも、〝ジュリエット〟をどのように解釈し、表現すればいいかかなり腐心しましたね。一生忘れられない素晴らしい瞬間でした」
多くの優れた作品を手がけた末、たどり着いたのがジバンシイとの仕事だった。
「このパートナーシップは完璧だと思っています。というのも〝男性〟〝女性〟という隔たりを持たないジェンダーへの考え方に共感するし、シンプリシティを大切にしているところも同じ。このメゾンを認識したのは『ティファニーで朝食を』のオードリー・ヘプバーンの衣装がきっかけ。同じイギリス人のアレキサンダー・マックイーンや、リカルド・ティッシ、そしてマシュー ・ウィリアムズという歴代のデザイナーたちが創りあげてきたブランドの一員となれたことが本当にうれしい」
トム・ウォーカーのインスピレーションの源とは?
光を操り、大胆な色使いが特徴的なトムのメイクアップ。彼は無類のアート好きでもある。
「17歳ぐらいのときに、兄と一緒に行った個展で見た彫刻家、ロン・ミュエクのアートピース(6)には凄まじい衝撃を受けました。モチーフは巨大なものから小さなものまでさまざま。皮膚やその下の血管、うぶ毛までテクスチャーの再現性が高く、本当に素晴らしい。また、クラシカルだけど、アーヴィング・ペンの作品(7)にもやはり惹かれる。何度も見返していますね。アートや文化を研究するのが好きなので、その成果をジバンシイのクリエーションの中で生かしていきたいです」