【ブルガリ】【ディプティック】【シロ】etc...香水で紡ぐ、夏物語

かつてマルセル・プルーストも描写したように、記憶と匂いは密接に関係しているもの。ふと鼻腔をかすめた空気から、昔過ごした日々が鮮明に蘇ることがあるだろう。片岡千之助さん、ラランド  サーヤさんほか、6人の表現者が語る、香水に彩られた夏のストーリー。

【ブルガリ マン】ウッド ネロリ オードパルファム/片岡千之助さん

ブルガリ マン ウッド ネロリ オードパルファム
太陽の光を浴びる、ビターオレンジの木をイメージ。爽やかなウッディに、晴れやかなネロリが香り立つ。ブルガリ マン ウッド ネロリ オードパルファム(100㎖)¥18,370/ブルガリ/ブルガリ パルファン事業部

自由を満喫した、LAの香り

その旅は突然の連絡から始まった。19歳の夏休み、ロサンゼルスの友達から遊びに来ないかという誘い。そのときちょうど休みだった僕は、連絡をもらった1週間後には日本を飛び出し、単身向かったのだった。

久々の海外旅行に湧き立つ心を抑えながら、空港へと向かう。香水を忘れてきたことに気がついたのは、そのときだった。「しまった、忘れた……!」。出発までもう時間はないけれど、人と会うのに香水をつけないなんて、僕にとってはあり得ないこと。急遽駆け込んだ免税店で出会ったフレグランスこそ、ブルガリ マンの「ウッド ネロリ」だった。ウッディな中に華やかさのあるエレガントな香り立ち。マスキュリンでもフェミニンでもある絶妙なバランスが自分らしく感じて、直感的に手に取っていた。

旅の間ずっとつけていたこの香りは、つけるたびにロサンゼルスの景色が心に浮かぶ。陽射しを受けて輝く海、抜けるように青い空、乾燥した大地と椰子の木々……。そんな自然の中を駆け抜ける、爽やかな風を思い出す。

「HOLLYWOOD」の看板を見に山の頂上まで行ってみたり、マリブビーチからベニスビーチまで、ひたすら海を眺めながら友達とキックボードに乗って走ったり。そうして過ごした時間はすべて、何よりも自由を感じられた。仕事や立場も忘れて、「僕は自由だ!」と叫びたくなるような、解放感に満ちた時間。一人でいることは寂しくもあるけれど、自分を取り戻すために、僕にとっては何より必要な時間だった。

都会で忙しい日々を過ごす中、ふとこのフレグランスをつけてみると、そんな自由な気持ちを思い出す。香りは目にも見えないし、言葉でも表しきれないけれど、思い出やその人らしさを語る上で何よりも雄弁だ。"秘すれば花"と言うように、あえて説明しないからこそ、心で感じることができる。

思い出は香水瓶の中に閉じ込められるかのように、あのときの心も風景もすべて、香りが記憶してくれている。ロサンゼルスの陽光を受けて輝く木々のような、黄緑色のボトル。そこからあの旅の一瞬一瞬を思い出すかのように、晴れた日には今でもよくつけている。

片岡千之助さんプロフィール画像
歌舞伎役者・俳優片岡千之助さん

2000年生まれ。祖父は人間国宝 十五代目片岡仁左衛門。2004年初舞台。歌舞伎役者を主軸にさまざまなことにチャレンジし、表現者として邁進しており、今後の活躍が期待される若手花形俳優である。

【メゾン ルイ マリー】 No.4 ボワ ドゥ バランクール/ラランド サーヤさん

メゾン ルイ マリー No.4 ボワ ドゥ バランクール
サンダルウッドとシダーウッドが濃厚に香り、シナモンが軽やかな甘さを添える。儚くミステリアスな、スパイシーノート。メゾン ルイ マリー No.4 ボワ ドゥ バランクール(50㎖)¥16,500/NOSE SHOP

バンド仲間と駆けた夏

季節を問わず、スモーキーな香水が好きでよくつけている。華やかなものよりも落ち着くし、自分が一番リラックスできると思うから。メゾン ルイ マリー「No.04」も、サンダルウッドやナツメグのスパイシーさに惹かれて愛用している。フレグランスは、仕事の直前にスイッチを入れるためにつけることが多いので、思い出すのはそんな場面……中でも夏といったら、フェスだ。

私は芸人としての活動のほかに、2022年から「礼賛」というバンドを組んでいる。きっかけは、川谷絵音さんからDMで声をかけてもらったこと。そこから始まり、どんどんメンバーが集まって、トントン拍子にプロジェクトが進んでいった。今までHIP HOPやR&Bが好きで、NE-YOやBeyoncéといったアーティストの曲をよく聴いてきたけれど、音楽の仕事は初挑戦。作詞作曲とボーカルを担当しているが、お笑いのときとはまったく違う脳を使っている感じだ。芸人のときは、ネガティブなことはネタにして笑いに昇華するけれど、音楽ではマイナスな感情も素直に表現できるし、社会的なメッセージだって、ありのまま言葉にできる。

1stシングルの「take it easy」を引っ提げて敢行した夏フェス。青空の下、森の中のステージで裸足で歌っていたあの解放感! そして始まる前の胸がドキドキするような緊張感、全員で円陣を組んで気持ちを高め合ったときのあの空気感が、香りに乗って蘇る。ステージに上がる直前につけるから、より強く記憶に結びついているのかもしれない。ライブ以外でも、パフォーマンスのあと、へろへろになりながら打ち上げをしたり、バンドマン御用達の中国料理店に行ったり。名古屋の「味仙」はおいしかったな。兵庫でのコンサート前には、大阪に前乗りしてUSJに行ったりと、ツアー中は仲間で遊んでいることも多かった。そんな楽しかった旅の記憶やたわいのない会話も、香水に溶けているみたいだ。

夏というとさっぱりした香調のイメージがあるけれど、この濃厚さも私にとっては思い出の一部。「あのライブのとき、つけていたな」と蘇るから、今でも本番前に気持ちを高めたいときは、この香水が私の味方をしてくれている。

ラランド  サーヤさんプロフィール画像
芸人・アーティストラランド サーヤさん

お笑いコンビ「ラランド」のボケ担当。「M-1グランプリ 2019/2020」で2年連続で準決勝進出。また川谷絵音らとバンド「礼賛」を組み、2022年7月にメジャーデビューを果たすなど、幅広く活動を行う。

【ディプティック】ドソン/伊藤 紺さん

ディプティック ドソン
ベトナムの海辺の町・ドソンの爽やかな空気を描く。海風がやんだ静かな夜、部屋を満たすチューベローズの華やかで甘美な香り。ドソン(75㎖)¥27,390/ディプティック ジャパン

東南アジアの静寂の夜

大学時代、マレーシアとタイの離島を何度か旅した。植物の生気みなぎる緑、プラスチックの食器のキッチュな赤、透けるような海の青……初めて訪れた東南アジアは目に映るすべての色が鮮烈だった。南国の灼けるような陽射しの下で、妖怪のように大きな木々が生い茂り、土っぽさや潮気に混ざるスパイスや食べ物の匂いが湿った風に乗って漂っている。空も大地も空気も、すべてが生き生きと呼吸していて、"生きている"感覚が脈を打って伝わってくるよう。そんな常夏の国の眩暈のするようなエネルギーに、私はただただ圧倒されていた。

「夏は何もしていなくても許される季節」。そう思うようになったのは、この旅を経てからのように思う。特に思い出深いのは、夜だ。ビーチで夜風にあたって、屋台のごはんを食べたり、お酒を飲んで語り合ったり。海辺にいるときの空っぽでありながら、同時に満たされてもいるような不思議な感覚は、夏がもつ力によってもたらされているように思う。ただそこに存在するということ。難しいことを考えさせなくするかのように、暑さがすべてを飲み込んでいく。

ディプティックの「ドソン」は、そんな東南アジアの美しい夜を閉じ込めたかのようなフレグランスだ。心地よい夜風にあたりながらつかの間の夢を見ているかのような、甘美な楽園の香り。ふらっとどこまでも出かけたくなる、浮かれた空気感や、昼の魔物が眠っているような独特の静けさを思い出す。あふれるような生命の息吹がガラスのボトルに閉じ込められて、それを身にまとうだけで自分もうっとりとした……。何か自分ではない生き物になれるよう。初めて手にしたときからずっと、私はこのフレグランスの虜になっている。

その姿をたとえるならば、シンプルなワンピースを一枚でサラッと着こなす、素敵で可愛い女の子のイメージ。靴はヒールじゃなくて、スニーカーかフラットなサンダル。そういう無敵感。アクティブなエネルギーを内に秘めつつ、物腰は静かでやわらかい。私も本当はそんなふうになりたい……。

購入したのはずっと大人になってからのことだったけれど、東南アジアで感じた強烈なパワーは今も私の中に静かに眠っていて、「ドソン」はそれを呼び覚ましてくれる。あの夏を蘇らせるように、そして憧れの女性に近づけるように、今日も私はこの香水をつけている。

伊藤 紺さんプロフィール画像
歌人伊藤 紺さん

1993年生まれ。著書に歌集『肌に流れる透明な気持ち』『満ちる腕』(いずれも短歌研究社)、ミニ歌集『hologram』(CPCenter)など。

【シロ フレグランス】マリーゴールド オードパルファン/ゆっきゅんさん

シロ フレグランス  マリーゴールド オードパルファン
フレッシュな柑橘をベースに、ムスクやアンバーがまろやかに溶け合う。マリーゴールド オードパルファン(40㎖)¥4,054〈SHIRO公式オンラインストアのみでの取り扱い〉/シロ

君と見たマリーゴールド畑

私にはマツダという友人がいる。高校の吹奏楽部のひとつ上の先輩だ。初日から愚痴を言ってきてくれた彼女とはその日のうちにすっかり打ち解け、いつも仲よくしていたのだった。

卒業後、私は岡山を出て東京に進学したけれど、変わらず連絡を取り合っていた。どんな些細な悩みを相談しても、フラットに話を聞いてくれるマツダ。そんな彼女に私は心救われていた。彼女は自分の話を積極的にするタイプではなかったけれど、失恋や復縁の話といった緊急事態のときはいつも相談してくれていた。マツダにとっても、急に連絡して悩みを相談できる相手といえば、私くらいだったのかもしれない。

私はその後大学院へ進み、マツダは岡山で社会人となったある日。修士論文の執筆が限界を迎えていた頃、「もう無理だ」と弱音を吐くと、しばらくして送られてきた返信は「私、結婚する」。その文字が画面に光っていた! 単純に「頑張って」と言うのではなく、友達のうれしい一大事によって私の元気が出ることを、マツダはわかっていたのだろう。結婚に至る紆余曲折を聞いていた私は、感動が止まらなかった。

そんなマツダと去年の春に会ったとき、何げない会話から「気軽に旅行に行くならこの夏が最後のチャンスかもしれない」と察して、私はマツダを旅行に誘った。訪れたのは期間限定で夜間開館していた「とっとり花回廊」というフラワーパーク。けれど、イルミネーションの華やかな雰囲気はなく、目玉のひまわりは全部下を向いてしまっていて、まるで忍び込んでしまったような暗い雰囲気。「なんだこれは……」と思っていた矢先、奥の奥でたどり着いた丘に一面のマリーゴールド畑が広がっていた。眩いばかりの照明に照らされて、黄金に輝く花々。ポツンと立つ巨木。シンとした静けさの中に、夏の虫の音ばかりが響いていた。それは美しいというよりも異様とも言うべき光景で、一枚の絵画の中に迷い込んでしまったよう。私たちは何も言えず、ただただ圧倒されて数十分間立ち尽くしていた。

「あの情景を心の内に閉じ込めておきたい」という気持ちから、私は旅から帰ってこのパルファンを手にした。「あの光景をマツダと見られたのは、最初で最後」……そんな一抹の切なさが、マリーゴールドの甘やかな香りに溶けていき、今も私の心を軽やかにくすぐるのだ。

ゆっきゅんさんプロフィール画像
歌手・アーティストゆっきゅんさん

1995年生まれ。ポップユニット「電影と少年CQ」のメンバーとして活動し、2021年にソロ活動「DIVA Project」を始動させたマルチアーティスト。

【パルファム ジバンシイ】タルティーヌ エ ショコラ プチサンボン オーデトワレ/ナツ・サマーさん

パルファム ジバンシイ タルティーヌ エ ショコラ プチサンボン オーデトワレ
レモンやジャスミンが奏でる、せっけんのように優しいフローラル。タルティーヌ エ ショコラ プチサンボン オーデトワレ(100㎖)¥11,000/パルファム ジバンシイ[LVMHフレグランスブランズ]

あのとき、二人で見つめた夕焼け

誰しも、思い出しただけで甘酸っぱく、切ない気持ちになるような恋をしたことがあるだろう。私はその時々の恋人によってその人に合う香水をつけるけれど、自分にとって夏の香りは、20代前半のころ職場の先輩に恋をしていたときのもの。

その人は、優しく包み込んでくれるようなパウダリーな香水をつけていた。それまでフレグランスをつける男性に出会ったことがなかったので、新鮮なときめきを感じたのを覚えている。元消防士で、正義感が強く頼もしい彼。ダンサーとしての顔も持ち、HIP HOPが好きだといって、私の知らないアーティストを教えてくれた。かと思えば、デートが終わったらその日のことをポエムにして送ってくれて、繊細な一面も持っていたり。そんなギャップに惹かれていったのかもしれない。

彼が新宿に住んでいたので、よくこの街でデートしていた。話をしながら散歩をして、その後先輩の家でのんびりするのがお決まりのコース。食べ物の好き嫌いや、好きな音楽……そんなたわいのない話をしながら、お互いを知っていく、つき合う前のこそばゆい時間が何より楽しかった。

そんな日々が3カ月ほど過ぎたある日、私たちは新宿中央公園を散歩していた。目の前に広がっていたのは、燃えるように鮮やかなオレンジの夕焼け。まるで私の心を映したみたいに、真っ赤に燃えていた。ドキドキしている胸の鼓動が、脈を伝って私の香水をより強く匂い立たせる。夏の湿度が私たちを包み込んで、手をつなぐ二人の香りが混ざり合う。それはまるで、ふんわりとした甘い泡の中に、ひとつに溶け合っていくかのよう。その相性のよさと心地よさに、この人となら一緒にやっていける、そう思えた気がした。

その後、私は東京を離れ地元へ戻らなければならなくなり、先輩と恋人同士になることはなかった。けれど、あのときの匂いや空気はずっと心の中に残っている。それはまるでしゃぼん玉のように、儚くて透明な香りだった。結局、あの先輩が何の香水を使っていたのかはわからない。でも、私がつけていたジバンシイの「プチサンボン」は、今も大切に残してある。記憶の残り香のように、私をとらえて離さないから。今でも"夏の香り"というと、あのときを思い出してしまうのだ。

ナツ・サマーさんプロフィール画像
シティポップ・レゲエシンガー&DJナツ・サマーさん

最新曲は、5月24日に「七夕の夜、君に逢いたい」Five Ⅱ Four feat. ナツ・サマーを配信スタート。

【サンタ・マリア・ノヴェッラ】オーデコロン オポポナックス/大澤実音穂さん

サンタ・マリア・ノヴェッラ オーデコロン オポポナックス
オリエンタルなウッディシングルノート。甘くスパイシーな香気が爽やかに広がる。オーデコロン オポポナックス(100㎖)¥18,810/サンタ・マリア・ノヴェッラ銀座

きらめく、グアムの初夏の光

香りと音楽は、どこか似ている気がする。もともとフレグランスは大好きでいくつも集めているけれど、五感の中でも特別な部分を使っているような感覚。どちらも目には見えない分、想像の余地があるから感じ方が自由なのだ。

「Opoponax」は、雨のパレードの「Summer Time Magic」のMVをグアムで撮影したときにつけていたもの。"青い空に溶け出すみたいに 音を立てて弾け飛ぶサイダー"。歌い出しの歌詞も、きらびやかな音からも、夏の光を連想させてくれる曲だ。グアムは、そんな世界観にぴったりの街だった。

初めての海外撮影に心躍らせながら降り立つと、まず驚いたのは湿度の高さ。それと同時に、観光地らしい華やかさにウキウキしたのもよく覚えている。青空の下、日本にはないような真っ白い建物が立ち並び、そこに描かれた落書きまでもスタイリッシュ。南国らしいヤシの木も、異国情緒あふれている。スーパーで売られている果物も色鮮やかで、ちょうどそのときメンバーの誕生日が近かったからパイナップルに花火を差してお祝いしたり。街全体が解放感と活気に満ちていて、夏を象徴しているかのようだった。

忘れられないのは、メンバーと海沿いまで歩いて見に行った朝焼けの景色……! 薄紫色のもやがかかった空に、透き通った海が一面に広がって、夢のように幻想的な世界だった。夏と言われて私の脳裏に浮かぶのは、燦々と降り注ぐ陽の光に照らされた、水面のきらめき。まさに輝きと、爽やかな空気を詰め込んだかのような時間だった。そこに、朝一番でつけた「Opoponax」が強く香っていた。

あれから4年近くたつけれど、香水は今でも大切に使っている。温かみがあって優しいこの匂いに包まれていると安心するし、あのときのワクワク感が、香りとともに鮮やかに蘇る。「Opoponax」のスパイシーなすがすがしさは、私にとってはまさに夏の象徴のようだ。

あまりに愛用していたので、香水はもう残りわずかになってしまった。瓶の中には、朝日に照らされたあのときの水面のように、残りのジュースが黄金色に輝いている。使い続けてもいいし、新しいものに変えてもいいし。さあ、この夏はどんな香りをつけよう。

雨のパレード 大澤実音穂さんプロフィール画像
ドラマー雨のパレード 大澤実音穂さん

雨のパレードで、バンドの音楽的基盤を支えるドラマー。端麗なビジュアルと対照的に、パワフルなプレイでバンドを支える精神的支柱。

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