2022年9月8日(現地時間)、英王室のエリザベス女王(享年96)が逝去。70年にわたって続いた王位は、息子であるチャールズ3世(73)に引き継がれた。母と息子として、英国の女王と次期国王として。ふたりがともに歩んだ73年を振り返る。
2022年9月8日(現地時間)、英王室のエリザベス女王(享年96)が逝去。70年にわたって続いた王位は、息子であるチャールズ3世(73)に引き継がれた。
繊細で慎重な性格として知られるチャールズ3世と、多くを語らないと言われるエリザベス女王。決して気が合うとは言えなかったようだが、それでも長い年月をかけて親子として、ロイヤルファミリーの一員として、そして女王と次期国王として絆を築いてきた。
女王が亡くなる約7カ月前の2022年2月には、エリザベス女王が「チャールズ皇太子(現チャールズ3世)が国王になった暁には、妻のカミラ夫人(75)に女王の称号を与えることが心からの願いである」とコメント。チャールズ3世は、長年そばで支えてきた女王の言葉に「感動し、光栄に思う」と語ったという。
自身の王位継承権が女王から承認されることを切望していたチャールズ3世だったが、女王もまた、未来の国王となるチャールズ3世のことを信頼していたようだ。
しかし、その信頼は昔から備わっていたものではなく、長年にわたって少しずつ築かれていったもの。王室の伝記の執筆を長年担当してきた作家サリー・ベデル・スミス(74)は、著書『チャールズ皇太子:ありえない人生の情熱とパラドクス』の中で、女王と皇太子は性格の面で大きくすれ違っていた時期があったことを明かしている。
チャールズ3世は1948年11月14日に誕生。ジャーナリストであるケイティ・ケリー(80)の著書『The Royals(原題)』によると、当時エリザベス女王は長男であるチャールズ3世を「自分の部屋で、自分の知っているものの中だけで育てたい」と主張し、2カ月間完全母乳で育てていたそう。
しかし、チャールズ3世が生まれてからわずか4年後、25歳の若さで女王に即位。エリザベス女王が当初望んでいた「通常の意味での家族という考えは、即位によって打ち砕かれた」と、ケイティ氏は綴っている。
女王となり、大きすぎる責任と、膨大すぎる公務に直面することになったエリザベス女王。忙しいスケジュールの中で、なかなか母と時間をともにすることが出来なかったチャールズ3世は、当時を「母はラベンダーの香りを漂わせ、おやすみのキスをしに来る、離れたところにいる華やかな存在でした」と回想している。
チャールズ3世は、そんな母の姿を見つめながら子どもながらに、母にのし掛かる重大な責務を感じ取っていたのだろう。ケイティ氏によると、妹であるアン王女(72)が母親から離れようとしない時には、アン王女を部屋から連れ出して「アン、ママを困らせてはいけないよ。ママは忙しいんだ」と、繰り返し話して聞かせていたという。
ふたりの関係が母と息子ではなく、女王と次期国王へと変化していったことを感じた印象的なエピソードとして、ケイティ氏は、1953年、戴冠したばかりのエリザベス女王と夫フィリップ殿下(享年99)が、幼いチャールズ3世とアン王女を残して6カ月間の英連邦ツアーに出かけたときのことを思い返す。
「チャールズは6カ月間母に会っていなかったので、到着したブリタニア号に駆けつけ、彼女の帰りを歓迎しました。彼は女王と握手するために待っていた高官たちの最後尾に並んだのですが、幼い息子が列に並んでいるのを見た女王は『いいえ、あなたではありません』と一言言い、ハグもキスもせず、ただ彼の肩を叩き、前を通り過ぎたのです」
母親からの愛情を一心に受けられないという意味で、淋しい幼少期を過ごしたチャールズ3世の心の拠り所となったのは、乳母メイベル・アンダーソン(96)だったという。メイベルは幼かったチャールズ3世にいつも寄り添い、抱っこをせがまれた時には抱きしめて、常にチャールズ3世の「避難所」であり続けた、と作家ジョナサン・ディランブルビー(78)が著書『The Prince of Wales: A Biography(原題)』で語っている。
また、チャールズ3世の心の拠り所となった人物はもう1人、祖母であるエリザベス王妃(享年101)であった。エリザベス王妃はチャールズ3世を様々な公演に連れ出し、芸術と文化への愛情を育み、両親が不在の時には病気の看病もしていたという。
また、サリー氏によると、エリザベス王妃はチャールズ3世に厳しく当たっていた父フィリップ殿下との仲介役としても尽力していたそう。職務に追われていた母エリザベス女王は、子どもたちに関する決定を夫であるフィリップ殿下に委ねていたため、長男であったチャールズ3世は兄弟の中でも特に厳しくしつけられていたのだとか。
幼いチャールズ3世が大人になるにつれ、「チャールズ皇太子と女王の関係はますます形式的なものになっていった」と、サリー氏。事前に約束を取り付けなければ、母に会うことも出来なかったというが、それでもチャールズ3世は母から与えられた仕事をこなすことに熱心だったそうで、「母のために何か出来るのは、とても嬉しい」と周囲に語っていたという。
しかし、献身的なチャールズ3世の姿勢は、母には届かなかった。この頃、即位当初より公務が落ち着いていたというエリザベス女王は、次男のアンドルー王子(62)と三男のエドワード王子(58)と多くの時間を過ごしていたといい、そのことがチャールズ3世を精神的に苦しめていたという。
作家ロバート・レイシー(78)は著書『Battle of Brothers(原題)』で、「アンドルー王子は女王にとって一番のお気に入りで、一族の誰もがそれを知っていた。エリザベス女王は頭脳明晰で繊細な性格のチャールズ皇太子を不快に思っていたようで、いつも議論ばかりしていた」と、当時のエリザベス女王とチャールズ3世について語っている。
続けて、「チャールズ皇太子の慈善活動に対する両親の反応は鈍く、皇太子と両親の間の溝はなかなか埋まらなかった」「両親とチャールズ皇太子の間のコミュニケーションは、社交辞令や家業の正式な仕事のやりとりに限られていた」とロバート氏。
しかし、それから多くの時が流れ、最近ではチャールズ3世の多大な慈善事業への貢献を認めるようになったというエリザベス女王。また、チャールズ3世が2005年に結婚した妻カミラ(75)との結婚生活が落ち着くにつれ、親子関係も改善に向かっていったそう。
2016年には、エリザベス女王の90歳の誕生日を記念して作られたドキュメンタリー映画『Elizabeth at 90: A Family Tribute(原題)』の陣頭指揮を執ったチャールズ3世。
映画の撮影に立ち会っていたというサリー氏は、最も印象的な場面として「チャールズ皇太子とエリザベス女王が、宮殿の豪華な客間で並んでいるところ」を挙げ、「ふたりは昔の思い出を語り合いながら、笑い合っていた。ふたりの関係の温かさは、紛れもないものだった」と、長きにわたってすれ違ってきたふたりの仲睦まじい姿を喜びを持って伝記に綴った。
女王は亡くなるまでの間、チャールズ3世と郵便箱を共有し、「影の王」として公務をこなすチャールズ3世をとても頼りにしていたという。チャールズ3世は以前から王政のスリム化を提唱しており、次男アンドルー王子のスキャンダルの対応や王室の縮小を率先して行ったと言われている。
2018年、エリザベス女王はチャールズ3世の70歳を祝う誕生パーティーで、今まで多くは語ってこなかったチャールズ3世への愛情を以下のようなスピーチで表現した。
「母親として息子の70歳の誕生日をお祝いできるということは、とても光栄なことです」「それは、自分の子どもの成長を見届けられるほど、長生きしているという証拠でもあります。例えるなら、植えた苗木が立派な木に成長するまでを見届けたような気分です」
「フィリップと私はこの70年間、チャールズが自然保護やアートプロジェクトの推進者、慈善活動のリーダー、王室史上最も献身的で尊敬されている次期王位継承者、そして素晴らしい父親へと成長する姿を見守ってきました」「彼は芯が強く、情熱的で、クリエイティブな人間です」
弱冠3歳にして、次期王位継承者となり、母親との家族らしい時間は到底過ごせなかったチャールズ3世。母と息子としてはすれ違いが続いた日々だったのかもしれないが、英国のために献身したエリザベス女王の意志を誰よりも理解しているのは、間違いなくチャールズ3世であろう。チャールズ3世は今後、王としてどのように活動していくのか。その活躍と発言に注目したい。