妊娠発表のセレブ史
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英展覧会「Portraying Pregnancy」や米「The New York Times」によると、神聖視する向きもあった妊婦の存在は、中世ごろからキリスト教的道徳観にもとづき「隠すべき/恥ずべきもの」とする規範が強まったと伝えられる。安全重視の観点もあり、近代に入ってもマタニティスタイルは大きく変化してこなかった。浮世離れしたセレブたちにしても、1970年代のオノ・ヨーコ(89)はボヘミアン調、1980年代のダイアナ妃は幼気なテントドレスを着用している。
21世紀になってようやく、カーダシアン家でおなじみのスキニーなマタニティジーンズ、そして伸縮性あるドレスが仲間入りした。 一方、90年代にビッグバンも起こった。女優デミ・ムーア(59)が、雑誌にて、妊娠ヌードを発表したのだ。以降、横向きになってお腹の膨らみを見せるプレグナンシー(マタニティ)・フォトはすっかり定着。ブリトニー・スピアーズ(40)やセリーナ・ウィリアムス(40)らも妊娠中の写真を公開し、スーパースターの恒例行事となっていった。この文化の頂点と評される作品は、2017年、自身を聖母に見立て懐妊を祝福したビヨンセ(40)のアート写真だ。
「肌見せ」マタニティ・ブーム到来
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「リアーナは、セレブリティの妊娠発表を民主化した」
カレン・ハーン教授
英ファウンドリング博物館「Portraying Pregnancy」展キュレーター
ほかのセレブたちと比べれば、リアーナの革新性もわかりやすくなる。英紙「The Guardian」に上記コメントを寄せたハーン教授は、こう続けている。「その革新性は、お腹の膨らみを強調する装いで外出し、たくさんの人々の目に晒したこと」。これまでのスターたちは、スタジオで妊娠ヌードを撮り下ろしながらも、外の世界ではお腹を覆うファッションに身を包むことが多かった。
一方、リアーナは、今日の「肌見せ」トレンドをさらに促進するかたちで、お腹の膨らみを強調した私服で街を闊歩しつづけていった。言うなれば、人々にとって日常生活と近しく、親しみやすく、真似したくなるスタイルだったのである。 既成概念を拡張するかのような革命によって、ファッション業界は大忙しになった。リアーナの妊娠発表以来、Pinterestでは「プレグナント・ストリート・スタイル」の検索数は3倍、ファッションショッピングアプリLystの「マタニティ・クロップトップ」検索数は1.5倍に増えた。マタニティウェアを取り扱うブランドStorqとHatch、どちらの幹部も「少し前だったら考えられないくらい」にお腹を見せるアイテムの売上が爆発的に増えた旨を語っている。特にホットなのは、マタニティ以外の一般シーンでも大流行中のクロップドトップ。おそらく、Refinery29のファッション専門家、バネッサ・コーガーの言葉は的を得ていた。「リアーナが広めたのは、妊娠前に好きだったファッションをしてもいいということ」。
「100%自分らしくあれる」
もちろん、リアーナは雲の上の存在だ。身体が変化するたびにハイブランドのカスタムメイドを手に入れられる人などそうそういない。露出過多な私服にしても、健康管理の専門家と車の送迎がつく環境下にあってこそだろう。しかし、世界最大のファッションアイコンの立場にあるからこそ、リアーナは妊娠にまつわる"ムード"を変えた。
「母親が直面する問題のひとつは、どれくらい自分自身でいていいんだろう?ということだとだと思う。リアーナのファッションは、見事な提示だった。私たちは100%自分らしくいられる。妊娠に正解なんてない。自分を覆い隠す必要なんてない」
ジャネル・ヒックマン=カービー ライター兼コピーライター
妊娠中の黒人女性としてリアーナから刺激を受けたというヒックマン=カービーは、温暖なときにボタンをはずしてお腹を見せる程度ならいいかもしれない、と米ファッション誌に語る。堅実な彼女が最後に漏らした言葉こそ、このたびのマタニティウェア革命が起こした"ムード"をあらわしているかもしれない。「今の私は、寿司もワインも摂取しないし、サウナにも行けない。だから、自分らしく感じられる服くらい着させてもらうわ」。
セレブリティや音楽、映画、ドラマなど、アメリカのポップカルチャー情報をメディアに多数寄稿。著書に『アメリカン・セレブリティーズ』(スモール出版)