2022年、ハリウッドが好調だ。グローバルな興行収入が前年比73%増という予想もある。アメリカ国内でも、上半期の時点で1億ドル超え作品は8本に及ぶ(2022年6月26日現在)。人気作の続編『トップガン マーヴェリック』、MCUシリーズに『THE BATMAN-ザ・バットマン-』、人気ゲーム原作の『アンチャーテッド』……。これらドル箱映画は、今やシアターの主役になった「IPムービー(Intellectual Property Movie)」、つまり、よく知られた知的財産に根ざす作品群である。
「ロマコメ女王」の卒業宣言
『ザ・ロストシティ』の成功は、劇場ヒットが激減していたロマコメ映画の復活をも示唆している。一方で興味深いのは、サンドラ・ブロック自身が同ジャンルから卒業していた身であることだ。とくに、働く女性、働きたい女性にとってのヒーローだったのではないか。
1964年バージニア州に生まれたサンドラが名を馳せたのは1994年、キアヌ・リーブス主演映画『スピード』でのこと。アクションスターとして人気を築いたが、同時に「ロマコメの女王」にもなった。『トゥー・ウィークス・ノーティス』に『デンジャラス・ビューティー』など、1990年代から2000年代にかけて同ジャンル全盛期を牽引した存在である。
しかし『あなたは私の婿になる』がヒットした2009年、サンドラはロマコメジャンルからの卒業を宣言した。当人いわく、同作の出来が悪かった、とのことだが、背景事情もある。2000年代後半、ロマコメ映画を「低俗な女向け」作品と見下す風潮が急速に広まっていったのだという。同ジャンルの看板女優だったサンドラは当時、そうしたレッテルに反論していくことに疲れてしまい、引退を決めた。
ただし、その後もキャリアは揺らがなかった。2010年にはアカデミー主演女優賞に輝き、2013年にSF大作『ゼロ・グラビティ』がキャリア最高のヒット。2018年には、Netflix配信作『バード・ボックス』が文化現象を巻き起こしている。当時、サンドラの同世代ではストリーミングに参入しないスターも多かったが、当人いわく「女性である以上、選択肢が限られる」立場なためチャレンジしたという。
『ザ・ロストシティ』が描く、女性人気作品の蔑視問題
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57歳の女優としてスーパースターの地位を保つサンドラが、10余年ぶりにカムバックしたロマコメこそ『ザ・ロストシティ』なのだ。アドベンチャージャンルでもある同作のルーツは1930〜50年代映画。サンドラいわく、この頃のロマンティックなアドベンチャー映画は、女性が阻害されていなかったのだという。
興味深いのは、映画の物語そのものが、ロマコメ卒業宣言をした彼女の境遇を感じさせる点だ。まず、サンドラ演じる主人公は、女性人気が高いロマンス作家なものの、スランプに陥っている。男性陣にしても、チャニング・テイタム演じるモデルとダニエル・ラドクリフ演じる実業家では、彼女の作品への態度が異なっている。なにより、主人公は自分の作品に自信がない。
そんな本作について、サンドラは想いを吐露している。
「なんでもかんでも侮辱されていく何かを尊重しつづけるのは、難しいでしょう。なぜ、それがそんな風に語られ、考えられているのか……その原因を探らなきゃいけなくなって、理由を突き詰めると……本当につらくなる」
「女性が歓びを感じたり、現実逃避できるものは、無価値だと思われている。それを受け止めるのは、本当につらいこと」
セレブリティや音楽、映画、ドラマなど、アメリカのポップカルチャー情報をメディアに多数寄稿。著書に『アメリカン・セレブリティーズ』(スモール出版)