2月末から3月初旬に開催された2023-24年秋冬パリ・ファッション・ウィーク。混沌とした時代に夢を見せる、趣向を凝らしたドラマティックなショーに魅せられた一方で、華やかな演出を抑えて服の原点を見直したブランドが光ったことも見逃せない。現地パリで目撃したSPUR編集長NAMIKIに、日本から取材を担当したエディターHがインタビュー。モード界の新たな潮流をお見逃しなく!
【BALENCIAGA】真摯な服づくりへの思いを込めた、渾身のコレクション
エディターH(以下H):今回のファッションウィークを語る上で欠かすことができないのがバレンシアガ。昨年の騒動を受けてデムナがどんなクリエーションを発表するのか、注目されていました。
編集長NAMIKI(以下N):会場でお会いしたkemioさんは、学生の頃からデムナの世界観のファンなんですね。「色々あったけど、デムナがどんなショーを行うのか、目の前で見たかったので、やってきました」とコメント。現地の皆が、同じ気持ちでデムナの再始動を見守っていたんじゃないかな。
H:会場はカルーセル・ド・ルーヴル。近年ではショー会場としてあまり使われていない場所なので、「なぜオールドスクールな会場で?」という声も挙がっていたそうですね。
N:1990年代よりショーが開催され、世界各国のジャーナリストたちのハブだった場所。そこにはトワルに使用されるような真っ白な布のランウェイがあるのみ。削ぎ落した空間に、デムナの原点回帰、“服そのものに注目してほしい”という強い意志を感じました。ショーは、テーラリングの再構築、シルエットの探求、イブニングウェアの3本柱で構成。幅広くも、どれもファッションの本質に迫る内容でした。
H:ショーノートには彼が6歳の時に初めてパンツをデザインし、テーラーで仕立ててもらったというエピソードが。というわけで、トラウザーが今回のキーアイテムのひとつに。逆さまになったり、解体されて裾がウエストに付いていたり、2つのパンツを縫い合わせたりしていて興味深かったです。
N:展示会で実物を見てみるとさらに面白くて! KLM(オランダ航空)の職員が穿いていたと思しきデッドストックのワークパンツを解体・再構築した服とか、空気を入れてボリュームを調整できるライナーが入ったパーカなど。アイデアは「面白い」けれど、日常に取り入れたくなる「着やすさ」がある。話題性のある演出は排除し、服のデザインそのもので個性を発揮していたのが、印象的でした。
H:ショーでは華々しいフィナーレがなかったことにも驚きましたね。
N:そこにもデムナの謙虚な姿勢が表れていたのでは、と。批判にさらされながらも原点に立ち戻り、素晴らしいショーを見せてくれたことに胸を打たれた。「これからもデムナのバレンシアガを応援しよう」と、すべてのゲストが思ったのではないでしょうか。
【VALENTINO】フォーマルでありながら自由! たった1つのコードを多彩に表現
H:“服と向き合う”という点ではヴァレンティノも際立っていましたね。「ブラックタイ」というテーマの通り、すべてのモデルがタイを身に着けて登場しました。
N:トラディショナルな紳士服のコードから、あれだけ無限にアイデアが広がるのか!と心躍ったわ~。もちろんそのすべてが美しく、一方で、自由を象徴するパンクスピリットが効いている。そのバランスが素晴らしく、ただただクリエイティブ ディレクターのピエールパオロ・ピッチョーリに「天才~!」と叫びたくなりました(笑)。
H:ファーストルックからパンクの気配を感じましたね。シャツ×ブラックタイというごくスタンダードなコンビネーションを、ホルターネックのミニドレスで再解釈する。ショーの開幕からぐっと惹きつけられたという声が多かった。
N:その後もネクタイは一貫しているものの、ボトムに定番のトラウザーはあまり登場せず。時にはスパンコールやフェザーのスカートを合わせたり、時にはレオタードを重ねたり、と多彩な表現で我々を魅了してくれました。ピエールパオロ・ピッチョーリは、娘が自分のブラックタイを身に着けてナイトアウトに出かけようとする姿にヒントを得たとのこと。若い世代にも似合う、フレッシュなムードを感じましたね。
H:フィナーレの、グラデーションとなったスパンコールで埋め尽くされたマーメイドスカートをはじめ、終盤はドレッシーなイブニングスタイルがランウェイを席巻。その展開にもワクワクしましたよね。
N:ヴァレンティノのお家芸ともいえる夢々しいルックの数々。リボンや薔薇、フェザーやレースのあしらいに、さすがは「クチュールメゾンだわ」とうっとり。ただし、モデルのメイクアップやタトゥー、ピアスはパンキッシュ。エレガントでありながら開放的で、新時代のフォーマルを目の当たりにしているよう。個人的にもとても好きな世界観。今季のパリでナンバーワン!と思ったほどでした。
【MIU MIU】極上のユーモア! ミウッチャ・プラダによる日常賛歌に歓喜する
H:ヴァレンティノで感動のボルテージが最高潮を迎えたかに見えた編集長。ただ最終日には、それに勝るとも劣らない衝撃を受けたんですよね?
N:そうよ~! ミュウミュウが、思いもしなかった角度から私たちの心を捉えました。ミウッチャ・プラダは、私たちの想像のナナメ上を軽々と飛んでいくんですね! 今季のパリは原点回帰やクチュールの再興、テーラリングの再構築がキーワード。“かっちり、しっとり”、シリアスなムードのブランドが多かった。最終日には、観る方もどことなくそんな気構えで。そんなところに、風に吹かれたようなユーモラスなヘアのミア・ゴスが現れ、「やられた!」と思った人は多いはず。
H:今季掲げたテーマは「WAYS OF LOOKING」。「見る」という本能的なプロセスに着眼したコレクション。一見、見慣れた日常の光景に溶け込む「フツウ」の服なのですが、複雑に重なり合うスタイリングや目新しい掛け合わせに二度見してしまう。じっくり観察せずにはいられない。ゲストひとりひとりに“服と向き合う時間”を提供していたように思います。
N:パリ16区のイエナ宮の会場演出は、“観察”のために高く設えたランウェイ以外はとても簡素。その上を歩くモデルたちのスタイリングは、ボタンを留めたカーディガンをストッキングに挟んでしまっていたり、ボトムを穿き忘れてしまったかのようで違和感たっぷり。切迫感ある旋律に乗ったとぼけたビートのBGMも相まって、観客たちは豆鉄砲をくらったような気分でした(笑)。
H:「髪をブローする時間なんてないのよ」「コンタクト入れている暇もないから眼鏡でごめんあそばせ」みたいなセリフが聞こえてくるようなルックばかり。ファニーな女性像に共感するといった意見も多かったですね。日常を生きるありのままの女性たちを肯定してくれているように感じました。
N:自由でチャーミング、そしてその中にしっかりと現代的なメッセージを込める……ミウッチャのセンスが冴えわたったショー。SPUR4月号でも「やっぱりミュウミュウが好き」という特集を組んだばかりですが、2023年後半戦も世界中の人が夢中になるでしょう。服と向き合い、ファッションの新たな可能性を見せたブランドが高い評価を受けた今回のパリコレクション。来季はセレブリティ・マーケティングも落ち着き、次のフェーズに突入するのでは。期待が高まります!