展示会場は、ストリート

© courtesy of Maison Margiela
たとえば「アーキタイプ:トレンチコート」と題されたコンテナ。
左手前は2017年秋冬、ジョン・ガリアーノが手がけたトロンプルイユ・トレンチ。段ボールのような質感を想起させる、ピンタック加工のベージュのオーガンザとクリノリンによって構築されている。
中央はグレン・マーティンスによる2025年秋冬。アップサイクルされたバイカージャケットをパッチワーク状に再構築した、ロング丈のバイカートレンチだ。
右奥は2012年春夏、シャンパンのキャップとワイヤーでレザーを覆ったトレンチである。

2006年春夏、トランプで構築されたトップス
日常と、非日常としての祝祭。その境界をアップサイクルによってクチュールへと転化した一群もまた、時代を彩ったルックにあふれている。キャンディの包み紙やトランプといった身近な嗜好品や消耗品が、アトリエの手仕事を経てプレイフルなオートクチュールへと昇華される。そのプロセスと視座は、メゾンの精神を形づくる本質そのものだったことを、改めて思い出す。

2013年春夏、キャンディの包み紙によるコートドレス

2006年春夏の「クッション」ジャケット。蚤の市で見つけた中国刺しゅうのヴィンテージクッションが原型となっている
インテリアもまた、実験的クリエイションの重要な着想源のひとつ。蚤の市で“発掘”された素材の数々は、オートクチュールの技法によって再構築され、見たことのないルックへと生まれ変わる。評価軸は、出自ではなく、職人技。その思想において、このメゾンは唯一無二の価値観を発信してきた。

2009年春夏の「櫛」ドレスは、日常の変容を体現する一着。メタルチェーンによって繋ぎ止められている

2008年春夏の金髪のウィッグ・ジャケット

2006年のネックレスジャケットは、コスチュームジュエリーのネックレスを用い、手仕事によって骨格を描き、緻密な力加減でシルエットを形成している

伝説的な1989年秋冬ショーのインビテーションも展示。新聞の告知欄に詳細を掲載するというアンチ・ファッションな方法は、「階級」システムへのアンチテーゼでもあった
創業者マルタン・マルジェラ本人によるクチュールピースも多数。モード業界人も、それらを初めて目撃する一般市民も、一様にその発想に驚き、立ち止まり、新たな発見を得る。ストリート展示というかたちで街に開かれた“実験”、アーティザナル。
おなじみの白いローブをまとったスタッフが常駐し、展示ひとつひとつを丁寧に解説する点も、印象的だ。そこに、ファッション・ヒエラルキーは存在しない。それは、かつて創業者が提示した「街そのものを舞台にする」という座組と地続きであり、上海市民へと届けられた贈りものでもあった。
展示は、北京×アノミニティ(現在延期中)、成都×タビ、深圳×「ビアンケット」と、街とハウスコードの掛け合わせを刷新しながら、4月13日まで4都市を旅してゆく予定。
ランウェイは、ハウスコードへの賛歌

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エキシビション開幕前夜の4月1日に行われたMaison Margiela Fall Winter 2026。アーティザナルとレディ・トゥ・ウェアを同時に発表するという、メゾンとしての原点回帰が試みられた。
グレン・マーティンスにとって、メゾン マルジェラでのランウェイはこれが3度目。パリではなく上海を舞台に選んだ背景には、西洋と東洋が交差し、手仕事を尊びながらも急速な工業化を遂げる大都市という、この街ならではの文脈がある。

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再構築、過去の記憶と現在の衝突──メゾンのコードが立ち現れるなか、この地を象徴するルックが、これだ。
テーマは磁器の人形。中国発祥のポーセリンに敬意を払い、エアブラシで陰影を描いたオーガンジーを何層にも重ね、表面には光を反射するガラス・オーガンジーを使用。縫い目を表に出さないことで、ドレープはあたかも命を宿した陶器人形のような存在感を放つ。

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あえてピンぼけ効果のプリントを施したドールフェイスのマスクを着用。

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まず仮縫い用コットンでトワルを制作し、パターンを形成。その後、それに合わせて陶器を焼き上げ、釉薬を施して再焼成する。手作業で砕かれた500片もの陶片は、オーガンジーに縫い付けられ、アーティザナル・ドレスとして再生された。歩を進めるたび、けれんみたっぷりに響く音色も含め、文化との対話を試みる一着だ。

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中国発祥とされる蜜蝋を、「ビアンケット」技法に応用したドレスも登場。ドレープを寄せたシルクドレスに蜜蝋を注ぎ、乾燥の工程を繰り返すことでフォルムを形成。インスピレーション源は、エドワーディアン時代の喪服である。

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白くペイントされた「ビアンケット」のお手本のようなテールコート。シャツはシワを寄せた後に「ビアンケット」加工。ベイクののちに生じたひび割れの表情が象徴的。

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セカンドスキンという発想も、メゾンを象徴するコードのひとつ。ボンディングを施した「ストックマン」スリーブの燕尾服は、背面のテール部分がカットされている。

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エドワーディアンシルエットのアーティザナル・ドレスは、無数のアンティークジュエリーを鋳型に用い、ラテックス素材による「ビアンケット」加工を経てエンボス効果を生み出している。

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異素材のアップサイクル、ミックス、異なる要素のアッサンブラージュは随所に。スラッシュによる質感コントラストが際立つドレスの着想源は、ハウスコードであるインテリアだ。

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ラッフルがロマンティックなエドワーディアン・ドレス。小さなくるみボタン、小花模様のシフォンも可憐な印象だけれど、大胆に施されたスラッシュと、その下から覗くレースの表情が心憎い。ハウスコードである、衣服の「記憶」を表現した。なお、匿名性を象徴するマスクは、すべてのルックで着用された。

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19世紀のタペストリーは、もともと家具に縫い付けられていたもの。布地を剥がし、1000時間を費やしてスパンコールを手縫いで施し、アーティザナル・ドレープドレスへと昇華した。
印象的だったのは、ドレスのルック数が圧倒的に増加した点だ。フェミニニティを求めながらも、既視感には満足しない女性たちへ向けた、明確な意志が読み取れる。
ちなみに、「ビアンケット」にちなんで、ショーのインビテーションは刷毛がセットになった白ペンキ缶、という茶目っ気も。

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メゾンのDNAへの理解を深め、また確固たる思想を力強く再定義するこれらの試みは、現在進行形のメゾン マルジェラの創造性に没入できる、またとない機会でもある。なかでも特筆すべきは、チーム内Dropboxの共有だ。メゾンのアーカイブやプレスリリース、貴重な記録画像、企画のタイムラインなど、膨大な資料を惜しみなく公開している。公開してしまっている、と言ったほうがいいかもしれない。たとえファッションラバーでなくとも、とんでもない知的財産となるはずだ。
改めて考える。かつて、これほどまでに饒舌なメゾン マルジェラがあっただろうか?
そう、このメゾンはいま、対話を通して変革している。創造過程や思考を可視化することで、初めて到達する新境地。その行方に、期待せずにはいられない。
4都市を巡るこのエキシビション。そのいずれかひとつでもいい、いつか日本へ巡回することを心から願っている。