春の海外ドラマの新作で注目したいのが、スクリーンで活躍するオスカー俳優たちの熱演が光る作品。今回取り上げる3作品は、奇しくも実際に起こった事件やスキャンダルを題材にしたもの。
ジャレッド・レトとアン・ハサウェイがユニコーン企業の創立者として、夫婦愛と企業の転落を奇妙に演じる『WeCrashed ~スタートアップ狂騒曲~』、アマンダ・セイフリッドの繊細な演技力で再現された“女性版スティーブ・ジョブズ”の詐欺事件『ドロップアウト~シリコンバレーを騙した女』、ショーン・ペンとジュリア・ロバーツが夫婦役で共演、ウォーターゲート事件の裏側を多角的な解釈で描く『ガスリット 陰謀と真実』の3作品。物語の顛末がわかっているだけに、視聴者の期待をいい意味で裏切る演技力が求められるなか、どれも圧巻の仕上がりで思わずうなってしまうこと必至です!
アン・ハサウェイとジャレッド・レトが演じる、テック時代の“しくじり夫婦”/『WeCrashed~スタートアップ狂騒曲~』
事実は小説よりも奇なり。テック業界隆盛期にとある夫婦が創始したユニコーン企業(10億ドル以上の価値がある非上場のスタートアップ企業を指す業界用語)の、実話に基づく転落物語を描いたドラマが、『WeCrashed ~スタートアップ狂騒曲~』。
ソフトバンクの孫正義さんによる買収も話題になったと思いますが、コワーキングスペースを提供する企業「WeWork」が、物語の舞台。2010年の創業から10年足らずで470億ドルの価値をつけられるほどのグローバル企業へと成長したものの、その後、様々なスキャンダルが発覚し、約400億ドルの損失を出す崩壊っぷり。いったい、内部では何が起きていたのか。
ジャレッド・レト演じるWeWorkの創業者のアダム・ニューマンと、アン・ハサウェイ演じるその妻であり共同創業者でもあるレベッカ・ニューマン夫婦の愛の軌跡とともに、その浮き沈みが描かれます。このドラマの最大の見所は、ともにオスカー俳優である、ジャレッドとアンの熱演です。
作中でも何度となくツッコまれますが、「WeWork」の事業っていわば空きスペースの貸し出しなんですよね。それを、"It's not a business. It's a feeling”と、「世界の意識を高める」、「私たちは体験を販売している」などと、働き方、生き方などのレベルの事業だと拡大解釈し、暴走が止まりません。ですが、ジャレッドが真っ直ぐな眼で熱弁すると、「さもありなん」と妙に納得してしまいそうになる。少しピントがずれるかもですが、2019年のメットガラで、自分の生首を携えても不思議と絵としておさまっている……そんなジャレッドならでは狂気交じりの個性が存分に発揮されています。
その狂気を確信に変えるサポートをするのが、アン演じる妻のレベッカ。“気が悪い”といっては、従業員を解雇する一方、スピリチュアルな側面からジャレッドの正当性を説き背中を押します。つぶらで大きなアンの瞳の眼力が存分に発揮され、妄信的な役がドハマリ。自分自身はというと、アダムの妻、グウィネス・パルトロウのいとこ(これも事実!)といわれおだてられるばかりで、本人は俳優を目指すも適性無し。最後には、俳優の夢を放棄し、世界を変えるのは教育、諸悪の根源は教育!と知識もないのにWeWorkのスピンオフとしての教育事業「WeGrow」をスタートさせます。
現在は、「WeWork」のとんでもなエピソード満載の社風が白日の下に晒されていて、ドラマでも再現されています。ですが、自分がもし当事者でそこの従業員だったら、その場の空気にのまれ、薄給でも「ここから世界は変わる!」とはちまきまいて激務に耐えたかもしれない。また、もし資産家だったら……。
自意識を暴走させカリスマ性を発揮して演説するふたりを観ていると、演技であると知りながらも観ているこっちがのまれそうになる。ジャレッドとアン、このふたりの演技力あってこそ成り立つドラマだと実感します。
この作品を通して、私のなかでひとつストンと腑に落ちたのは、テクノロジーが進化しても、人は人とのつながりを求めることは変わらないということ。それがコワーキングスペースなのか、会社なのか、地域コミュニティなのか。何かの集団に属することで得られる共感性を人々が求めていたからこそ生まれた、テック時代のファンタジーでありパロディなのかもしれません。
STORY
若い企業家のアダム・ニューマンは、ヨガ講師のレベッカとの出会いからインスピレーションを得て、コワーキングスペースを提供する会社「WeWork」を立ち上げることを決意するが……。
ほつれ毛も声色も計算のうち。アマンダ・セイフリッドの渾身の演技に注目/『ドロップアウト~シリコンバレーを騙した女』
『WeCrashed~スタートアップ狂騒曲~』と同じく、こちらも、実際に起こったテック業界のスキャンダルを扱ったドラマ。
主演・プロデューサーを務めるのは、アマンダ・セイフリッド。アン・ハサウェイがアカデミー賞の助演女優賞を受賞した『レ・ミゼラブル』でコゼットを演じ、『マンマ・ミーア!』で一躍有名に。『Mank/マンク』でアカデミー賞候補にもなった実力派ですね。
作品の題材は、実業家エリザベス・ホームズによる詐欺事件。黒のタートルネックとジャケット姿から、“女性版スティーブ・ジョブズ”とも評され、米フォーブス誌の「女性長者番付」で首位に輝くまでに成功した彼女にいったい何が起こったのか。
エリザベスは、名門のスタンフォード大学化学工学部を中退し、 19歳という若さで「セレノス」社を創業。注射を使わず指先から採取した数滴の血液で、コレステロール値などを診断できる機械「エジソン」を開発します。ですが、「何とかなる」と思っていた機械トラブルが解決せず、なんと、血液を希釈したり他の企業の類似機械を分解し模倣したりします。「それ、絶対ばれるでしょう」と思える明らかに無茶な計画に、20代前半の女の子の野心が勝ってしまうのです。
アマンダ扮するエリザベスはいいきります。
「私は失敗したけど犯罪じゃない」。
ピュアで研究熱心だった女性がなぜ詐欺師へと転落したのか。もちろん保身もあったと思うけれど、この言葉からも、人を騙そうとしたのではなく、人の役に立つ人間として、何者かになりたかった彼女の内面がうかがえます。
“ジョブズの再来”、“史上最年少の女性ビリオネア”、“ガラスの天井をなくした女性”とはやし立てるメディア、実際に機能するのを見たことがないテクノロジーに巨額の資金を投入し一攫千金を狙う資産家。そうした期待に応えようしたピュアな気持ちが、間違った方向に転んでしまったのかも知れません。
よくよく考えると、どん底から這い上がるための教訓は数あれど、成功したときの心構えなんて、誰も教えてくれない。群がってくるのは、欲望まみれの投資家や、興味本位のメディアばかり。そのなかで、いまそこにある失敗を認めることは、全てを否定することに等しかったのかもしれません。
リンカーンの名言が思い浮かびました。
Nearly all men can stand adversity, but if you want to test a man’s character, give him power.(「たいていの人は、災難は乗り越えられる。本当にその人を試したかったら、権力を与えてみることだ」)
成功したり上手くいっているときのふるまいにこそ、その人の真価が表れるのかもしれません。自分の足元をすくうのは、ほんのささいな“おごり”かもと気付かせてくれます。
ドラマは、アマンダ演じるホームズが事情聴取に答える映像と、ホームズの若い頃から成功し転落にいたるまでのいくつかのシーンにフラッシュバックしながら進みます。
子供時代も学生時代も、チャーミングだけれど“イケてない”女の子。起業してからは、黒ずくめの“ジョブズファッション”にひっつめのシニヨン。着るものが代わり映えしないなか、エリザベスの感情の機微と心身の疲労を伝えてくれるのは、アマンダの細かい演技。
髪のほつれとそれを直すしぐさ、姿勢、目が据わった笑顔、 etc. いくつかのレビューサイトでも書かれていましたが、状況に応じてアマンダが声色を変えていて、秀逸。アマンダの細かい演技が、滑稽ともとれる詐欺事件に“人間味”を添えて、ドラマとして成立させているような気がしました。
STORY
「女性版スティーブ・ジョブズ」と評された実業家のエリザベス・ホームズ。2001年父が務めていた会社が倒産するも、スタンフォード大学に入学。研修で訪れた北京で出会ったサニー・バルワニと意気投合し……。
ジュリア・ロバーツ × ショーン・ペンがスリル満点に演じる、歴史の裏側/『ガスリット 陰謀と真実』
ウォーターゲート事件を題材にしたサスペンスが、STARZPLAYで配信スタート。ともにオスカー俳優である、ショーン・ペンとジュリア・ロバーツのW主演が話題です。
舞台は1970年代のアメリカ。アメリカはもとより世界を震撼させた、時の大統領ニクソンを退任に追い込んだ政治スキャンダル「ウォーターゲート事件」の裏側を様々な人間の視点で描きます。
ウォーターゲート事件とは、1972年6月17日にアメリカのワシントンD.C.にある民主党本部で起きた盗聴侵入事件に始まり、事件への関与により大統領リチャード・ニクソンが辞任するにいたった、政治スキャンダル。
5月15日の時点で、第4話まで配信済み。まだたった4話ですが、俳優陣の演技はもちろんのこと、脚本、構成、演出ともに素晴らしく、1話ごとの完成度が高い! 映画もしくはそれ以上の仕上がりです。
女性としてどうしても感情移入してしまうのが、ジュリア演じる主人公マーサ。ショーン演じるニクソン大統領の右腕の司法長官ジョン・ミッチェルの妻です。
ひょんなことから事件の実行犯と面識があったマーサ。事件発覚後、愛する(?)夫で司法長官ジョンにより、軟禁されます。部屋から抜けだそうと試みるも、監視に暴力をふるわれ恐怖を味わうマーサ。当然のごとく夫への信頼は揺らぎ、結婚生活にも亀裂が走ります。ジョンほか首謀者の政治家は、事件を闇に葬ろうとあの手この手をうちますが、自由で奔放且つ意思の強いマーサは、事件に関して知ることをメディアに発信しようとし、次第に命の危険にさらされることになるのですが……。
どこまでも気高いマーサは、ジュリア・ロバーツの貫禄と最高にマッチ。男性優位のご時世しかも政治スキャンダルのなかで、その複雑な葛藤とどう向き合い行動していくのか。政府高官の妻であり、母であり、そして何よりも自分に誇りを持ち、自由を愛するひとりの女性としてマーサがどう立ち向かうのか。
そして、声を聴くまで、本当にショーン・ペン!?と信じられなかった変貌、カメレオンぶりに脱帽のショーン演じるジョン。「気性が荒く、口が悪く、冷酷だが、歯に衣着せぬ物言いで有名な妻を絶望的に愛している」といわれるほど、強面ながら妻にぞっこんだったジョン。これから、妻マーサとニクソン大統領の間で選択を迫られること必至で、ショーンの演技の見せ所で、楽しみです。
また、ニクソン大統領のとりまき、FBI、CIA、腐敗した組織に立ち向かう告発者……と、事件の表&裏舞台の関係者それぞれの人間性と背景、思惑まで丁寧に描かれています。これらが夫婦とどう絡むのか。
これから盛り上がること必至の傑作。今からでもぜひ!
STORY
ウォーターゲート・ビルへの不法侵入事件が起こり、実行犯と面識のあったマーサ・ミッチェルは軟禁状態にされ恐怖におびえる。その後マーサがとる行動が結婚生活を危険にさらすことになり……。
【海外ドラマ ナビゲーター】
エディターR
一日の終わりを、ワインとショコラとドラマで締めくくるのが愉悦のとき。“SATC”よりゴシップガール派。映像美と緻密な脚本ものが好物。最近は動画配信サービスのオリジナル作品のチェックに余念がない。作品でいうと、Netflix『ザ・クラウン』、Apple TV+ 『ザ・モーニングショー』などがお気に入り。ドラマに出てきた名台詞をコツコツとしたためていて、いつかどこかでアウトプットするのがささやかな目標。