ファッションジャーナリスト/ティファニー・ゴドイさん
ワンス・アポン・ア・ドラァグ・レース
1980年代のNYで、新しいエネルギーに満ちたサブカルチャーとして誕生したドラァグ。ドラァグの祭典「ウィッグストック」がスタートし、ディーヴァのモノマネに終始していたドラァグ界に、本物の個性が登場する契機になりました。そのひとりがル・ポールです。 ハイ・ファッションやハリウッド・グラマーをミックスした彼のスタイルこそ、今のドラァグの根幹をなすもの。1990年にはマドンナがシングル「ヴォーグ」でゲイ・カルチャーをフィーチャー。変化の時代が始まっていました。
そんな中、NYのクラブシーンの主となっていたル・ポールは、1992年にシングル「Supermodel(You Better Work)」を発表。2年後、M・A・Cの広告に出演し、さらに注目を集めます。メジャーなメイクアップブランドと契約した、最初のドラァグ・クイーンとなったのです。
ケーブルTVで「ザ・ルポール・ショー」の放送が始まり、活躍していたル・ポールですが、2009年にさらなるチャンスをつかみます。それが「ル・ポールのドラァグ・レース」。
当時のリアリティ・ショーは大げさで意地悪なものばかりでしたが、このショーは違いました。ル・ポールの前向きなエネルギーと、自分の属するコミュニティに恩返ししたいという思いが、番組の根底にあったのです。
社会の片隅に生きていたマイノリティ界のオプラ・ウィンフリーとなったル・ポール。いつも明るく、困難に直面しても冷静な彼のショーは成功を収め、ル・ポールは人気者に。番組の発信する「違いや個性を受け入れよう」というメッセージは、イメージ最優先のSNSの世界に生きるすべての人に自信を与えてくれます。
どのエピソードも、変身することをテーマに構成されています。これこそサクセス・ストーリー! だってアメリカは、あらゆる夢をかなえられる場所なのですから。だからこの番組は愛されるのでしょう。
ティファニー・ゴドイ『The Reality Show Magazine』の編集長兼クリエイティブディレクターを務める。本誌にて「ティファニー・ゴドイの現代モード辞典」を好評連載中。
「She is」編集長/野村由芽さん
自分を愛しつつ、「自分の人生を愛したい誰か」に思いを馳せる
私は大学5年生の頃、日雇いのアルバイトを次々と試した。さまざまな職業に就き、実際に自分自身でその日常を体験したかったというのはもちろん、そのとき他者からどう見えているのかが知りたかったのだ。
スーパーの試食販売、クレジットカードの入会受け付け、がんセンターの清掃、「当たりますように」と券を手渡す宝くじ売り場。その職業に従事している間、たとえば当たると評判の宝くじ売り場に並ぶお客さんにとって、私の黄色いスウェットは縁起のよいものとして映り、病院の清掃服のつなぎを着ているときは、完璧に認識されながらも少し目をそらされたりもして、そのたびに大学生の自分では感受できなかった世界の多面性を確認していった。
まるで幻のような、別の誰かの人生を歩んでいるようだったその日々のことを「ル・ポールのドラァグ・レース」に出場するクイーンの姿を見ていると思い出す。毎回お題に合わせて技術やセンスを総動員させて自己を表現する彼らは、「誰か」になるのではなくどこまでも「自分」でいるために、スポンジを、ビニール袋を、お菓子を、なんだって衣装に仕立て、まばゆいランウェイを闊歩する。
自分ではない誰かになるために、私が励んだアルバイトと、クイーンたちがただひたすら自分であることを表現するドラァグ・カルチャーは一見真逆の行為だし、その熱量ももちろん違うのだけれど、でも、つながっている、と思う。
ル・ポールが番組の締めに言う「自分を愛せなければ他人を愛せない」という言葉は、自分だけを愛せばいいということではなくて、「知らない誰かも、その人自身の人生を愛しているし、愛したいのだと、私たちは知る必要がある」ってことだ。自分を愛することと同じぐらい、「誰かの人生の尊厳」を想像することの大切さを投げかけてくれるから、この番組は私にとってかけがえのない宝物だ。
野村由芽
自分らしく生きる女性を祝福するライフ&カルチャーコミュニティ「She is」編集長。同じくファンの友人とドラァグ・パーティを企画中。
イラストレーター/たなかみさきさん
お題にどうこたえる? ドラァグから学ぶ仕事術
イラストレーターは、出されたお題にこたえる職業。クイーンが、それをどう解釈して、パフォーマンスに昇華するのかを見ることは、仕事面でいい刺激に。
舞台で他人の目から映えることを意識することは、自己満足を超えたプロとしての責任ある自己表現。イラストの仕事でいうと、広告案件を意識することに近いですね。日常生活でも影響を受けていて、最近はシーズンごとの服にお題をつけています。
ちなみに、去年の夏は「露出狂」、今年の春は「麗らかな淫乱」でいきたい。毎日がファッションの祭典METガラで、誰しもクイーンなんだ!という気分で過ごしたいです。
たなかみさきさん
主体的なエロスを感じさせる作風が人気。「あり得ない体型を作り出せるドラァグは、それぞれのエロスの誇張表現も見どころ」
ヘア&メイクアップアーティスト/小田切ヒロさん
どんな人生相談より「私なんか」に効く
メイクの仕事をしていると、9割の女性が自分の容姿に自信がない、と感じます。そんな「私なんか」「でも、だって」が口グセの人に見てほしいのが、この番組。
体型も顔も年齢も、ジェンダーだって関係ない。「カリスマ、個性、度胸、そして才能」「自分を愛せずに他人は愛せない」という名文句が、誰もに認められるような容姿じゃなくても、自信をかき集めて己を愛し表現するんだ!と気合を呼び覚ましてくれるから。
推しクイーンは、クォリティもクリエイティビティも圧倒的なアクアリア。シェーディングを入れるときの大胆さなど、舞台裏のメイクシーンも勉強になります。
小田切ヒロ
「小顔王子」として、日本にコントゥアリングを浸透させた立役者。ドラァグ・メイクから、大胆なメリハリ演出のヒントを得たことも。
漫画家/マキヒロチさん
「“じゃない”クイーン」の人間ドラマにハマる
私が惹かれるのは、グランプリに輝くような生まれつきの美貌やカリスマ性に恵まれたクイーンではありません。人気者とキャラがかぶってしまったミズ・クラッカーや、交際していた伝説のチャンピオンと比べられていたアラスカ。スポットライトを浴びない部分でジレンマを抱えながら努力する姿や、ふと見せるギャップにグッときて、番組終了後もSNSでウォッチを続けています。
世界が違うように見えるクイーンたちも、実はぶち当たる悩みは私たちと同じ普遍的なもの。彼らの深くて厚みのある人間としての姿は、時に作品のキャラ設計をするときのヒントをもらっています。
マキヒロチ
スケートボードに魅せられた女子の挫折と再生を描く『Sketchy』のキャラ設計に、ドラァグ・レースの人間観察経験を活かしたそう。