クリエイティブ・ディレクターとして、グラフペーパーをはじめとするショップのディレクションや内装デザインを手がける南貴之さん。自身で選んだ200点を超えるヴィンテージ家具の展示・販売を行うなど、家具好きとしても知られる南さんが、最も多く所有しているのがヴィンテージの椅子だ。「もともと、家具や建築などのデザインが好きで、洋服よりも興味があったぐらいです。最終的に洋服の仕事をすることになりましたが、逆に洋服を入り口にすべてのデザインに関わることができて、結果としてよかったと思っています」
椅子を買い集めるようになったのは、初めて勤めた会社から独立して数年後。「集めたというより、金銭的な余裕が多少でき、以前から欲しいなと思っていたものを買えるようになりました」と振り返る。最初に購入したのは、アルヴァ・アアルトのスツールやアルネ・ヤコブセンのアントチェアなど北欧のヴィンテージ家具だ。「北欧ものは、フレンチほど価格が高騰しないので比較的買いやすいんです。日本的な建築物に合うので、特に住宅では使いやすいと思います」
その後は、アメリカ、オランダ、フランスと、さまざまな国のデザイナーの家具を集めていくが、作家買いはしない。家具を選ぶ際の基準は、使いやすさとデザイン性であって、そして何よりも「古いもの」であることにこだわる。
「新品には興味がないんです。ピカピカなものはデザインが強すぎてぐっとこない。時間が経過すると、人に使われてやれてきて、それぐらいがちょうどいい。だから、『状態のいいヴィンテージ』にも惹かれません」。南さんにとって、時間の経過はそのモノの一部であり、人為的にはつくれない。それはいちばん重要な価値でもある。
「昔、ある人に銀行でお金を預けても100万円はあっという間に150万円にならないけれど、僕が持っている椅子は3倍、ひょっとしたら10倍になる可能性があると言われたことがあります。しかもお金は持っていても座ることも愛でることもできませんが、椅子はできます。デザイン的に優れたヴィンテージの家具は、価値が下がりにくい。僕自身は、ある期間所有することは、その時間分家具を“借りている”という考え方をしています。そして手放すときは、その価値を共有する人に引き継いでもらいたい。この価値観の共有はサステイナビリティにも通じる精神だと感じてます。今の日本には、安いから買ってすぐ捨てるという感覚が蔓延していますが、古いものに価値を見いだす文化はもともと日本にあったものです。そうした価値観が再び見直される時代に来ていると思います」