2022.06.12

ウクライナのデザイナーたちの愛と勇気

戦禍における、ファッションの役割とは? ウクライナきってのデザイナー二人が語る

Anton Belinskiy アントン・ベリンスキー

ウクライナのデザイナーたちの愛と勇気の画像_1
Courtesy of Anton Belinskiy

キーウ生まれ、母国でアートとファッションを学び、2009年に自身の名を冠したブランドを始動。翌年にはキーウで、近年はロンドンやパリのファッションウィークでコレクションを発表。2015年にはLVMH賞でセミファイナリストに。

人道的活動に従事する、ファッション界のヒーロー

ここで紹介するクリエイターの中で唯一ウクライナに残っている、アントン。成人男性は出国を禁じられているからではなく、使命感でキーウにとどまったのだ。
「軍隊、ボランティア……国にとどまる人人の活動はさまざま。自分は何に向いているかを考え、この機会に自分の隠された才能に気づいた人もいるはず。誰もが自分自身の大きな変化を経験している、という意味では悲惨な状況にもかかわらず美しい時期だと思います」。
彼は同胞たちの様子をこう説明してくれた。自身は線路の交通整理からシェルター用ネットと衣類の製作、運送など、さまざまな人道的活動に携わる。また戦争勃発数日後には多くの友人たちから資金を集め、兵士のためのバラクラバと保温下着の製作に着手。配布には郵便局が部分的に機能しているほか、多くの有志たちが従事する。

ちなみにアントンを一躍有名にしたのは、ウクライナのパスポート表紙と友人たちの証明写真をプリントした、Tシャツ。彼にとってパスポートは"自由の象徴"だ。2月半ばには、友人のヴェナ・ブルカリン(ウクライナ版『VOGUE』のファッション・ディレクター)が、来たるファッションウィーク出張の際のワードローブに、とこれをピックアップ。戦争勃発後にミラノでTシャツを着た彼が注目されたのは、偶然の経緯だった。その後増産のためのジョイント・ベンチャーを提案したのが、ストリートウェアと雑誌で根強いファンを持つ、ベルリンの032c。Tシャツの背中には、FREE UKRAINEというメッセージが添えられた。SNSでウクライナへの募金を目的とするTシャツの再ローンチが発表されると、完売には1時間も要さなかった。

アントンいわく「このTシャツで伝えたいのは愛、自由、神」。"神"とは意外だが、実は彼は正教会の信者なのだ。「僕は神と家族に愛を見出しました。これは僕にとってとても大切なこと。神と家族に祈りを捧げると、すべては好転します。子どもが殺され、高齢者が屈辱を受けるのを見ると醜い感情が湧きますが、コントロールしようと心がけています。毎日、『世界をよい場所にするために何ができるか』と考えるんですよ。戦争が終わったら第一にしたいこと? 新たな出発です」
"Love will win"をモットーにコミュニティを広げる彼に、癒やされる人々は多い。

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1 アントンの仮設アトリエで、バラクラバの裁断に携わるスタッフ
2・3 2022ー'23年秋冬コレクションのルックブックより
4 2017年春夏コレクションからのリバイバル、032cとのコラボレーションで増産されたパスポートTシャツ

Ksenia Schnaider クセニア・シュナイダー

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Courtesy of Ksenia Schnaider

キーウ生まれのクセニアとロシア人のグラフィック・デザイナーである夫アントンにより、2011年にブランドをスタート。当初よりサステイナブルな取り組みをし、2019年にはヴォーグ・グリーン・タレントでショートリストに。

働き続けたい一心で、危険を冒した勇気ある旅

リサイクルデニムによる画期的なデザインのジーンズで知られる、クセニア。SPUR.JP(3月22日投稿の「ミナコラム」)で避難先からの近況を語ってくれた彼女から、新たな便りが届いた。4月上旬になんとたった一人で、ブダペストから車で3日間かけてキーウに戻ったそうだ。彼女はこう語る。

「とても危険な旅で、道中ずっと引き返そうかと悩みましたが、なんとかたどり着き、ストックと生産アトリエを、西ウクライナに移しました。こうして受注を出荷できるようになり、オンラインストアも機能。働き続けられることを、とてもうれしく誇りに思っています。これで、各都市の期間限定ストアへの参加も可能に」

ウクライナのデザイナーたちの多くは、コレクションを中断させないよう、四苦八苦している。自分たちに必要なのは憐れみではなく支援だ、と言う。クセニアの勇気ある行動は、そんなウクライナ精神を象徴しているだろう。

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2022ー'23年秋冬コレクションより。
5 サイハイブーツのように見えるジーンズ
6 裾からランジェリーがはみ出しているようなデザインのスカート。オンラインストアにて新作の売り上げから15%、Instagram(@ks.magazin)でのアーカイブ・セールの売り上げは100%、ウクライナの慈善団体に寄付される

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