「赤い口紅があればいい」 #15

お洒落クイーンが語る「自由なお洒落」に身も心も解放される!

 そもそも私たち女性は、なぜ美人になりたいのでしょうか?
 男性にモテるためでしょうか? ちやほやされたいからでしょうか?
 生まれてこの方、男性受けのいい、いわゆる「モテるおしゃれ」をしてこなかった私に言わせれば、「美人になるのは“自由”になるため」と断言したいと思います。
 会社におしゃれして行くと「おや、今日はデート?」なんて上司の冷やかし。彼が言うべき言葉は「その服、似合いますね」です(日本の男性がもっと素敵になれば、女性はもっと輝くのに! 男性の方々、大人になりましょう)。
 男性からの「若いかそうでないか」や「美人やそうでないか」などというジャッジメントも失礼な話ですが、40代になればジャッジすらされずに「おばさん」の一言で片付けられてしまうことだってあります。そんな世間の視線に晒されて、傷ついたり、落ち込んだり、諦めたりする必要はありません。世間や男性たちからの心ない、しかも大抵は深く考えていない言葉に肩身の狭い思いなどせずに、自由に人生を謳歌してほしいのです。
 大切なのは、自分をしっかり肯定すること。自分に自分でイエスを言うことです。



野宮真貴さんといえば、私の世代にとっては時代のアイコンでもあり、お洒落の象徴でもあった人です。そんな野宮さんは今、56歳。とてもそうは見えない容貌にも驚きますが、その一方で、いまどき「そんな年齢に見えない」はもう誰にとっても普通かもしれない、という思いもよぎります。全世代の女性が、前の時代の女性たちよりも若々しく、「前の時代の年相応」にとらわれないお洒落やメイクを楽しんでいる今、「そんな年齢に見えない」という言葉は、もう褒め言葉としてもナンセンスかもしれない、と思ったりもします。

この本は、まさしくそんな「前の時代の年相応」と、「今の時代の新しい基準」の間を埋めるような本でした。ファッションアイコンとして活躍した経験と、プライベートでもファッションオタク(とお呼びしていいかわかりませんが……)である自分自身の経験に基づいて、決して真似するのが無理ではない、チャレンジする価値のある「キレイに見せる方法」について書いてあります。本当の美人になるのは難しくても、雰囲気(ムード)美人には誰でもなれる、と野宮さんは書いています。

まず驚かされるのは、最初に野宮さんが自分自身について「器量が良くなかった」と書かれているところ。野宮さんでさえ、そんなことを思っていたのか! とびっくりしましたが、その後も野宮さんがここまで書くのか! というくらい、惜しげもなくキレイに見せるテクニックを披露されています。うわべだけの役に立たないメッセージなんて書かない、という意志が伝わってくるようです。
老眼鏡のことまで書いてありますし、年齢で似合う服が変わる、ということについて書かれた部分では、ある日、ピンクのドレスを着た自分が林家パー子さんに見えた、とまで書いてあります。あの野宮さんでさえそんなことが(略)。

そして、決めつけがとても少ないこともこの本のいいところです。通常、美しくなるための本は、誰しも鉄板のルールを求めて読む傾向があるので、バシッとルールを言ってしまったほうがいいのですが、ルールっぽいことを言ったあとに、野宮さんは必ず例外が存在する、というフォローを入れています。
本当にお洒落を愛している人が、服やメイクを愛する誰のことも否定しないように、という思いやりをもって書かれていると伝わってくるような本で、しかもSNSで写真美人になる方法や、筋肉をつけなくても見苦しくない二の腕に見せる方法まで、実用的なアドバイスまで入っていて、今すぐなんのトレーニングもなしに「ちょっとキレイ」な状態になれる実用性もあります。

文章はその人を表すものだと私は思いますが、野宮さんの文章はまったくくどさがなく、押し付けがましさもなく、「これが自分流」といった暑苦しさもないのが、野宮さんご本人を象徴しているかのようでした。普通、こういう本を読んでいると、どこかで「著者のマイルール」と自分の中のルールが合わなくて「ん?」と首をかしげる箇所があったり、ひっかかりを感じたりするものなのですが、合わなくても特に気にならないのです。取り入れられるところだけ、合うところだけ取り入れてね、という気軽さが全体に漂っていて、「キレイにならなければ!」といった気負いと真逆に位置するような本になっているのです。

タイトルには「赤い口紅」が使われていますが(内容的にはメイクも含め、ファッション、お洒落に関するトータルのエッセイになっています)「赤い口紅はちょっと……」と思っている人に無理に赤い口紅を勧めるような本ではなく、読んでいるうちに「あ、『つけない』ってことにこだわらなくてもいいかも」と、自分で自分に課していた謎の縛りをそっとほどいてくれるような、そんな感覚を味わえます。息抜き本、と言ってしまうと、内容が軽いというネガティブな意味で受け取られてしまうかもしれませんが、本当に肩の力を抜いてくれる、良い意味の「息抜き本」です。

「赤い口紅があればいい」(野宮真貴/幻冬舎)

“雨宮まみ”

雨宮まみ

ライター。『女子をこじらせて』(ポット出版)で書籍デビュー。以後、エッセ イを中心にカルチャー系の分野でも執筆。近著に『東京を生きる』(大和書 房)、『自信のない部屋へようこそ』(ワニブックス)がある。

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