殺伐とした団地の間を作業服の男が歩いています。手には掃除道具、近くには不良のギャングたち。彼は用心深くあたりを見ながら、一歩一歩黙々と歩き――これだけの風景を、ジャック・オディアール監督はクレーンを使って地面からぐんぐんカメラを上げ、はるか遠くまで俯瞰します。まるで「これは世界の縮図だ」とドラマチックに告げるように。
そして実際、世界で起きている話でもあるのです。彼はスリランカの内戦から抜け出すために、偽装家族とともにフランスに移民してきた男。異文化の中でなんとか別の人生を生きようとするのですが、そこにはまた別の社会階層と、ドラッグ売買をめぐる別の暴力がある。過去も追いかけてくる。彼は否応なく、向かい合うしかありません。
そう言うと難しく聞こえるかもしれませんが、これまで『真夜中のピアニスト』『預言者』『君と歩く世界』と、社会的なモチーフを取り込みながら、ごくサスペンスフルで魅力的な映画を撮ってきたのがオディアール監督。しかも彼の映画に出ると、どんな男女も野性的というか、セクシーな表情を見せるのです。『君と歩く世界』でのスカジャンを羽織ったマリオン・コティヤールの、あだっぽくてカッコよかったこと!
『ディーパンの闘い』でも、最初はとっつきにくく思えた人々に共感し、加速するバイオレントなラブストーリーにも引き込まれていきます。最初に書いたように映像や音響も工夫があって、スタイリッシュ。とはいえもちろん重く、現代的なテーマもはらんでいます。移民、テロ、戦争、そして見ている自分の中にも当然ある他者への違和感や不寛容。でも、そんな自分にもまだつかめないような感情こそが、いまの世界でもっとも重要なテーマだということもはっきり実感できるのです。カンヌ映画祭最高賞にふさわしい力作。映画館で見たい一作です。
『ディーパンの闘い』
監督/ジャック・オディアール
出演/アントニーターサン・ジェスターサン、カレアスワリ・スリニパサン、ヴァンサン・ロティエ
TOHOシネマズ シャンテ ほか全国公開中
本誌で映画のレビューを手がける。ライター、エディター、翻訳もこなす。趣味は散歩と、猫と遊ぶこと、フットボールを見ること。