この映画、私は『荒野にて』(2018)と心のなかで並べています。それは大自然に分け入っていく若者の姿がオーバーラップしただけでなく、どちらも「静かな名作」だから。賞レースでは目立たなかったけれど、映像の美しさ、演技の見事さ、何もかも忘れがたくて、ずっしりと心に残る。でもやっぱり、いちばんは十代の主人公たちでしょう。『荒野にて』のチャーリーの悲しみ。『足跡はかき消して』のトムのひたむきさ。どちらもまっすぐに届いてきて、最後は泣いてしまいます。
13歳の少女、トムは父親のウィルとポートランドの森林公園で生活しています。公園といってもそこは原野に近い。ウィルは元兵士でPTSDがあり、人々のなかでは暮らせないのです。でも父と娘の結びつきは固く、二人は「跡を残さず」、大自然のなかを移動しながら自活している。ウィルがトムにきちんと教育も与えているところは、ヴィゴ・モーテンセン主演『はじまりへの旅』(16)を思い出させます。
ただ二人はある日当局に見つかり、そのライフスタイルを禁じられてしまう。そこから普通の家に住み、ウィルが働き、トムには友だちができる――と続くその単調な生活は、やはりウィルには重荷になっていきます。トムはホームレスと呼ばれても、「私にはあそこがホームだった」と言えるほど、以前の生活に愛着があります。けれど、ここで彼女は気づくのです。自分が求めるものと、父が求めるものは違うのかもしれない、と。それは普通のティーンエイジャーなら誰でも気づくこと。でも彼女の場合は、愛するものすべてとの決別を意味する。
とにかく、トムを演じるトーマサイン・マッケンジーが素晴らしい。監督のデブラ・グラニクは『ウィンターズ・ボーン』(14)でジェニファー・ローレンスを発見した人で、今作でも彼女という宝石を見つけてきました。グラニク監督はまた、ずっと社会の周辺に暮らす人たちを描いてきた人であり、今作でもアウトサイダーであることがただのロマンに終わらないリアルな描写になっている。少ないセリフ、小さな仕草、時折聞こえてくる音楽がじんと沁みる演出も見事。日本で劇場公開されなかったのは残念ですが、ぜひ配信でも見てほしい一作です。
『足跡はかき消して』
監督/デブラ・グラニク
出演/トーマサイン・マッケンジー、ベン・フォスター
デジタル好評配信中
ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
本誌で映画のレビューを手がける。ライター、エディター、翻訳もこなす。趣味は散歩と、猫と遊ぶこと、フットボールを見ること。