ちょっと先の映画になりますが、『フリーソロ』(2018)を見て以来、このドキュメンタリーのことをときどき考えています。そのくらいインパクトが大きかったのかも。ロープも安全装置も持たず、素手と足だけで岩壁をひとり登っていくのが、フリーソロ。映像にはこの世界のスーパースター、アレックス・オノルドがヨセミテ国立公園にそびえる巨岩、エル・キャピタンに挑む姿が記録されています。
もちろん驚異的な映像には息を呑み、目を奪われます。でも、彼が何を考え、なぜ登ろうとするのか、普段の生活や内面を垣間見ることで「自分はどう生きているのか」を考えさせられた部分もありました。クライマーたちの間にはこんな言葉があるそうです。「年寄りのクライマーも、大胆なクライマーもいる。でも、年寄りで大胆なクライマーはいない」。つまり、挑戦を続ければ必ず若くして死んでしまうということ。それでも、彼らは登りつづけます。
映画ではオノルド自身、目標を達成するのが自分の生き方だと、その動機を語っています。普通の人ならどんなにやりたいことがあっても、「危険は冒したくない」とか「自分には無理」とか、いろんな迷いでこんがらがってしまうもの。でも彼はそれをあくまでシンプルに、確率と可能性、現実としてとらえ、準備し、実行している。そのストイックさに胸打たれるのです。周りに「ミスター・スポック」と呼ばれているのも、ちょっと笑える。
とはいえ、実際、友人や恋人にとっては矛盾を生む。「これがアレックスなんだ」と頭で受け入れることと、つねに彼の死を恐れることは別ですからね。アレックス・オノルドがエル・キャピタンに登っていくのを見ている撮影隊も、「死ぬところを撮ってしまうんじゃないか」と悩みます。まさに極限状態! そこにしかないものが、はっきり感じられる。私は見る前と見た後で、少し考えかたが変わった気さえします。絶対スクリーンで見てほしい一作です。
『フリーソロ』
監督/エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ、ジミー・チン
出演/アレックス・オノルド
9月6日、全国順次ロードショー
本誌で映画のレビューを手がける。ライター、エディター、翻訳もこなす。趣味は散歩と、猫と遊ぶこと、フットボールを見ること。