ここ一年の自粛生活でいちばん気が晴れたのは、本を一冊手にして、ぶらっと散歩にでかけるようなときでした。晴れた空の下、公園で過ごしていると、気分もからっと変わっていく。しかも本があれば、それだけで別世界に没入できるのです。コストパフォーマンスという言葉を持ちだすまでもなく、こんなに手軽ですごいものって、他にないんじゃない?――そんなことを改めて考えたりもしました。
NYのブックフェアで始まるドキュメンタリー『ブックセラーズ』には、そんな本の魅力に取り憑かれた人々、本好きが次々登場します。ブックハンターやコレクター、有名古書店の店主、新たに店を構える新世代オーナー。みんなクセがあって情熱的で、そんなところに「読者代表」のような立場でフラン・レボウィッツが出てくるのも面白い。彼女はNetflixでスコセッシが撮ったドキュメンタリー『都市を歩くように』でのキャラそのままに、NYと本をめぐるカルチャーについて早口で語ります。そんな彼らが自慢のライブラリーや、滅多に見られない希少本を開帳するのを見るだけで、楽しくなる。
ただもちろん、変わりゆく社会において、本や書籍は今後どうなるのか――という懸念も、映画のテーマとして通底しています。NYではどんどん書店が減り、古書業界もネット取引で一変したそう。でもやっぱり、物としての本、町の本屋には歴史と文化がある。なにより、本ほど「シェアする」のにぴったりなものってないんですよね。図書館で大勢が共有することもできるし、優れたものほど人から人へと手渡されていく。その証拠に、ブックフェアでも基本、客は貴重な本を手に取るのを許されているのです。
実は私もいま、去年から翻訳してきた本が最終段階に入っているのですが、一冊の本ができるまでにどれほどの労力が払われるか。私自身というより、何人もの人が時間を費やしてこつこつ作る、その過程が詰まっているのを実感します。どんなに世界が変わっても、これからもそんな本をふらっと店で手にして、ベンチに座って読めるようであってほしい。もっと本好きになりたい、『ブックセラーズ』はそう思わせてくれる映画です。
『ブックセラーズ』
監督/D・W・ヤング
出演/フラン・レボウィッツ、ゲイ・タリーズ、パーカー・ポージー
4月23日、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開
本誌で映画のレビューを手がける。ライター、エディター、翻訳もこなす。趣味は散歩と、猫と遊ぶこと、フットボールを見ること。