いま公開中の『クルエラ』は『101匹わんちゃん』の悪役、クルエラのオリジン・ストーリーです。最初に言っておくと、彼女を現代的で人間味のあるキャラクターとして描いているせいで、エマ・ストーン扮するエステラが「あのクルエラになったんだ……」という実感はあんまり湧いてきません。キャラが一貫していないというか、そもそもエステラに残酷さがないんですよね。ただそのおかげで、本作では犬がひどいめに遭うこともなく、安心して見られるのですが。
むしろ、もっとクルエラみがあるのが、エマ・トンプソン演じるバロネス(男爵夫人)。洗練されたドレスをまとい、非情で傲慢で、欲しいものは絶対手に入れる。そう、これはエステラとバロネス、二人のファッショニスタの闘いの物語なのです。舞台は1970年代、パンク前夜のロンドン。モード界を牛耳るデザイナー、バロネスのもとで働きはじめるエステラは「クルエラ」の名で次々パンク・ファッションを打ちだし、時代の寵児となります。
それは当時のカルチャーにおける体制vs.反体制。バロネスが体現するのはエスタブリッシュメント、それに楯突くクルエラのコレクションは、パンク・ギグのようなゲリラ・ショーで発表されます。音楽、街並み、すべてにパンクのエナジーがある。その中心にファッションがあるのです。エマ・トンプソンが着るのはディオール風モード(ちょっとジョン・ガリアーノっぽさもあり)。一方クルエラは、ヘアメイクはスージー・スー風で、服はヴィヴィアン・ウェストウッドやアレキサンダー・マックイーンを思わせる。彼女のコレクションを手伝うのが古着屋のオーナーで(彼のメイクは『時計仕掛けのオレンジ』風です)、「既成服の破壊とリメイク」というパンク・ファッションの側面も押さえられています。
とにかく映画や音楽、服好きなら楽しめるディテールがいっぱい。エマ・ストーンのインタビューを聞くと、二人のエマはお互い「今日、どんなコスチュームを着てくるか」に競争心を燃やしていたとか。でもバロネスとクルエラのライバル意識の底にはもちろん、憧れとリスペクトがある。お互いの才能を一番理解しているのは彼女たちなのです。ちなみに、コスチューム・デザイナーのジェニー・ビーヴァンは『マッドマックス 怒りのデス・ロード』でオスカーの衣装デザイン賞を受賞した人。ドレスの一着一着を彼女に解説してほしい!
『クルエラ』
監督/クレイグ・ギレスピー
出演/エマ・ストーン、エマ・トンプソン、マーク・ストロング
映画館&ディズニープラス プレミア アクセスにて公開中
本誌で映画のレビューを手がける。ライター、エディター、翻訳もこなす。趣味は散歩と、猫と遊ぶこと、フットボールを見ること。