テイラー・スウィフトが2012年のアルバム『レッド』を再リリースしました。これは以前のレコード会社の買収にともない、マスター音源が売却されてしまった彼女の6枚のアルバムを取り戻すプロジェクトのひとつ。再度レコーディングされたアルバムの2枚目に当たります。とはいえ未発表曲も収録した30曲入り(!)で、従来の曲にも変更がある『レッド(テイラーズ・ヴァージョン)』となっている。ただやっぱり新たな一枚というよりは、世界中のファンがこれを聴いてうるっとなっているのがSNSから伝わってきて、みんなハートブレイクな歌でノスタルジックになってるんだな……と実感(私もそのひとりです)。
テイラーは最近ミュージック・ビデオの監督も務めていて、アルバム『フォークロア』の際にはライヴ・セッション『フォークロア:ロング・ポンド・スタジオ・セッション』でも監督としてクレジットされていました。そして今回、『レッド(テイラーズ・ヴァージョン)』とともにリリースされたのが『All Too Well: The Short Film』。以前の曲“All Too Well”を10分のヴァージョンにしたものに、会話劇を加えたミュージック・ビデオ/短編映画です。脚本のクレジットもテイラー・スウィフト。ある恋の顛末を振り返り、さらにその後の人生も切り取ってみせる、ほろ苦いラブストーリーです。
映画は詩人パブロ・ネルーダの「恋はあまりに短く、忘れる時間はあまりに長い」という一節で始まります。そして聞こえてくるのが、女性の「Are you for real?(あなたって現実?)」という言葉。彼女は恋に落ちていて、その幸せが信じられず頬をつねりたいような、相手の男性が自分の作った空想じゃないのか、と思うくらい夢見心地。曲が始まると、セイディ・シンクとディラン・オブライエンが演じる男女の甘い場面が続きます。けれど少しずつ違和感が高まり、途中でふたりの口論のシーンとなる。それはあの『マリッジ・ストーリー』(2019)を思わせるような激しいやりとりです。
映像も音楽も親密で、エモーショナル。巷では、当時恋人だったジェイク・ジレンホールとの別れがさらにリアルになったと話題に。確かに二人の年齢差など鋭い描写が加わっていますが、私は「Are you for real?」という言葉が再度出てくることからも、実話かどうかはあんまりポイントじゃないんじゃないかな、と思いました。むしろ恋の記憶がいまもテイラーの創造性をインスパイアし、物語が語られていることが重要。彼女はこのアルバムと映画を作ることで、自分のこれまでの経験や記憶から生まれるアートは他の誰のものでもない、私のものなんだ――そう伝えている気がします。
まあ、憶測を呼ぶのはテイラーの人気だけでなく、それだけ彼女の歌詞、物語に力があるってことなんですけどね。失恋や傷心の歌だけでなく、「あなたとは二度とヨリを戻さないから!」と宣言する名曲“We Are Never Ever Getting Back Together”も収録されたこのアルバム。各曲の美しいリリック・ビデオもYouTubeで公開されているので、ぜひテイラー・スウィフトの言葉を味わってください。そして監督としてのこれからの仕事も、楽しみにしたいと思います。
『All Too Well: The Short Film』
監督・脚本/テイラー・スウィフト
出演/セイディ・シンク、ディラン・オブライエン
『レッド(テイラーズ・ヴァージョン)ーデラックス・エディション』
テイラー・スウィフト
発売中
本誌で映画のレビューを手がける。ライター、エディター、翻訳もこなす。趣味は散歩と、猫と遊ぶこと、フットボールを見ること。