円安や物価高で、ハイブランドの服も贅沢な海外旅行も遠い存在に? 令和の時代にふさわしい「新ラグジュアリー」をマリウスさんが提言。自分だけのラグジュアリーを育ててみよう!
M: Marius
S: SPUR
M 今ちょうど読んでいる本があるんです。『新しいリベラル』(橋本努・金澤悠介著/ちくま新書)という新書です。この前の選挙でいろいろ考えさせられたので、ちょっと勉強しようと思って。
S さすがマリウスさん。勉強家ですね。
M そのことはもう少し勉強してからお話しするとして、今日は「新ラグジュアリー」というテーマにしたいと思います。
S SPURでもここ数年注目しているテーマですね! 今日はどうしてこれにしようと?
M ラグジュアリーって、一般的には豪華とか贅沢という意味で、ファッションでもハイブランドの高価で高級なもののことをいいますよね。でも最近、ますますそれだけでなく、自分にとってのラグジュアリーの価値に興味があるんです。
たとえば「ラグジュアリーな時間」を考えたとき、南の島の5ツ星ホテルに泊まることだけじゃなくて、温泉好きな人にとっては、誰もいない秘湯でのんびり過ごすことがラグジュアリーだろうし、僕だったら、家のカウチで一日中、好きな本を読むことが贅沢な時間だし。
S いまだに「贅沢=高価」という思い込みはありますよね。いわゆるラグジュアリーライフといえば、バハマに行って豪華ヨットでパーティするとか、プライベートジェットでスーパーボウル(アメリカNFLの優勝決定戦)を観戦に行くとか(笑)、セレブの生活はSNSでも話題になりがちです。
M スーパーボウルには世界中から1000機ものプライベートジェットが集まるらしいです。まさに典型的なラグジュアリーですよね。でもそう思うのって、実は僕たちが生まれたときから資本主義にどっぷり浸っていて、「贅沢=高価」という価値観を刷り込まれているからにすぎなくて、一元的な見方なんじゃないかと実感することが増えていて。「ラグジュアリーは高いもの」というのは思い込みにすぎない。いったんその感覚をアンラーニングして、新しいラグジュアリーというものを再認識することが必要じゃないかと思うんですよね。
S アンラーニング! これまで自分が学んできた価値観をいったん消去することですね。
M はい。でも、これは決して高級品や高価なものを否定するわけじゃないんですよ。たとえば時計が大好きな人が一生懸命働いて、何百万円もする時計を手に入れたとします。それはその人にとって最高のラグジュアリーだと思うんですね。
S そうですね。それはお金だけでは測れない価値のあるラグジュアリーだと思います。
M だけど他人から「その時計を持ってるなんてすごい!」って言われたくて贅沢品を持つようなラグジュアリーは、もう古い……というか、逆にかっこ悪いような気がしていて。僕の世代以外でもそう思っている人は少なくないと思います。
S 時代的なものも大きいですね。高価な持ち物というだけでマウントをとるのがイケていた時代もあったわけですが、今は明らかに違う。
M ファッションでも最近ハイブランドは、職人たちがどれだけ時間をかけて丁寧に作っているかを提示したり、場所やイベントを作って旅や体験そのものというストーリーを加えたり、新たな価値を提案しているところが増えています。消費者が「値段が高いからいいもの」だと簡単には思わなくなっているからだと思います。
だから今の時代は、ただ高価なものということではなくて、自分にとって価値あるもの、特別感のあるものを見つけることが大事なんですよね。アロマでゆっくりと癒やされる時間を作ってもいいし、興味のあることについて、何か勉強するのでもいい。自分だけの個のラグジュアリーを育てることが必要なんじゃないかと思います。
人と比べたりトレンドに左右されないことが大事
S 「自分だけの個のラグジュアリーを育てる」って素敵な言葉ですね。そのためにはどんなことが大切だと思いますか?
M まずは自分をよく知ることだと思います。食べることが大好きな人にとっては、自分で作った野菜を毎日食べるというのは最高のラグジュアリーだと思うし、走ることが好きな人は、毎朝のランニングが贅沢な時間かもしれません。つまり、自分は何があれば幸せなのか、どういう状態だったら安心してリラックスしていられるのかということを知らないと、本当のラグジュアリーにはたどり着かないと思うんですよ。結局、トレンドや周囲の評価を気にして、万人にわかりやすい「贅沢=高価」というところに戻ってしまう。だからSNSでセレブのライフスタイルなんかを熱心に見てしまう人は、気をつけたほうがいいかも。気づかないうちに影響されて、自分が本当に求めているものが見えなくなってしまうので。
S この時代、人と比べないことは難しいですが、そこが大事ですね。
M 逆に質問。ラグジュアリーとはどんな時間だと思いますか?
S 些細なことなのですが、ハンカチに丁寧にアイロンをかけているときです。丁寧にアイロンをかけられるのは時間的にも精神的にも余裕のあるときで、心が整っていく感じがします。ラグジュアリーと言っていいのかどうかわかりませんけど、満たされた気持ちになりますね。
M いいと思います。僕も自分でコーヒーを淹れて、それで作った氷でアイスコーヒーを作るとき、すごくリッチな気分になります(笑)。
それと僕は数年前から、朝起きて1時間はスマホやPCを見ないようにしています。以前は起きてすぐにスマホを見てしまっていたけれど、デジタルデトックスの時間を作ったことで有意義な時間を過ごせています。
つまり本当のラグジュアリーは「いくらお金を使ったか」ではなく、「どれだけ意図をもって時間を過ごせたか」にあるのではないかと思っています。意図をもって過ごす時間こそが、誰にとっても手の届く、新しい豊かさなのかもしれません。
幸せをくれる「推し活」は新ラグジュアリーか?
M もうひとつ、僕が「新ラグジュアリー」について考えている理由は、最近の物価高です。特に日本は円安で海外製品の値段は上がっていく一方です。その半面、お給料は全然上がらず、以前は頑張って貯金すれば買えていた贅沢品も手が届きにくくなっている。周囲でも、同じように働いているつもりでも以前より生活が大変だと言っている友達がいます。だったらなおのこと、身近なところでより自分らしい楽しみを見つけようと考える人が増えるのは当然かなって。
S そういえば友人は年末年始にフランスに海外旅行に行ったら、レストランが高すぎて1日1食で我慢したと言ってました。
M それと超富裕層のラグジュアリーライフに疑問を持つ人も増えているんじゃないでしょうか。イーロン・マスクにしろ、ジェフ・ベゾスにしろ、贅沢の限りを尽くしているけれど、それが内面の豊かさにつながっているとは思えない。
S 多くの資産を得た先にエプスタイン島の事件があるのかと思うとぞっとします。ちなみにですが、「推し活」は新ラグジュアリーなんでしょうか?
M 考えてみましょう。「推し活が現実のつらさを忘れさせてくれる」という話はよく聞きますよね。それほど何かに夢中になれるのって、得難い経験だと思います。グッズを買ったり、地方へ遠征したりといった実際に行動することもそうですが、推し活をきっかけに、さまざまなカルチャーを深く知ったり、推し活仲間との友情を深めたりすることで、心に彩りをもたらしてくれているのなら、それは自分だけのラグジュアリーな体験といえるかもしれません。



