M: Marius
S: SPUR
S マリウスさん、3月30日はお誕生日でしたね。おめでとうございます! お誕生日会は盛り上がりましたか。
M はい。実は香港で過ごしたんですけれど、親友がヨーロッパからサプライズで来てくれたり、遠く離れた友達が動画でメッセージをくれたりして……。うれしくて涙が出ました。幸せな誕生日でした。
S それは素敵。マリウスさん、みんなに愛されていますね! さてさて、それでは今月のトピックですが、今世界中で大ヒット中のNetflixドラマ「アドレセンス」に関するものですね。
M そうです。観ましたか? イギリスの作品ですけれど、あまりにリアルで観ていて本当につらかった。
S はい、胸が詰まりました……。内容を簡単に説明すると、13歳のごく普通の少年ジェイミーが同級生の女子生徒を刺殺した容疑者として逮捕され、事件の背景が明かされていくという物語です。今の子どもたちを取り巻く現代社会の闇をあぶり出した衝撃作ですね。
M そうですね。SNSの弊害、まん延する暴力、家族との関係、インセル(望まない禁欲者=非モテ男性)など、さまざまな問題が絡んでいるんですけれど、その中のひとつ、「マノスフィア」について、今日は話したいと思います。
S マノスフィア、最近、よく耳にするようになりました。どんな意味なのか、少し具体的に教えてください。
M マノスフィアは「マン(男)」と「スフィア(領域)」を合わせた造語で、男性性を必要以上に誇示したり、女性蔑視的な価値観を共有したりするオンラインのコミュニティやムーブメントのことです。具体的には「女はキッチンへ戻れ」とか「妻は夫の所有物」とか、古い保守的な価値観を謳うもので、ひどいものは女性への暴力を賞賛するものもあります。
S まさに有害な男らしさ、ですね。
M ほかにもミソジニー(女性嫌い)や、女性を意のままに支配したいという"ナンパ師"など、さまざまなカテゴリーを含んでいて、欧米では、ここ数年、マノスフィアのYouTubeやポッドキャストが大人気で。トランプが大統領になれたのもマノスフィアのインフルエンサーの影響力のおかげだと言う人もいます。トランプに投票した人の中には、彼の政治的スタンスよりも彼のキャラクターや、女性や宗教に対する価値観に共感して応援している人が少なくないといわれています。
S 本当ですか。悪態ばかりついていて嫌われ者に見えますが……(笑)。
M そこに親近感を感じているんです。「俺も嫌われ者だし、女性に差別的なことを言っては怒られているし」って。でも、全然めげないトランプに「いいぞ!」「もっとやれ!」って思っている。
S なるほど。でも、そういう人が一定数いるのはわかるけれど、増えているのはなぜなんでしょう。近年は#MeTooなど、フェミニズム運動は盛り上がっていると思っていたのに。
M 逆にその反動というのがあると思います。今はちょっと失言しただけで、ものすごい反発をくらいますよね。昔はちょっとしたセクハラだったら笑って許されたのに、今はクビになりかねない。昔は男性というだけで存在意義があって、会社でも権力が与えられたし、家庭では専業主婦の奥さんに大きな顔ができた。でも今はそれがなくって、自分の存在意義がなくなってしまったことに不満を抱いている男性がいる、ということかと。
S 男性優位の社会が長かったから、今の状況に納得がいかないんですね。
孤独を抱えやすい男性は、よりネットに依存する傾向に
M もうひとつ、女性より男性のほうが比較的孤独な状態に陥りやすいというのもマノスフィアにのめり込んでいく一因じゃないかと思います。米国調査機関ピューリサーチセンターのデータによると、女性は友達をつくるのが得意だけれど、男性は比較的そういうことが苦手な人も多い。それで孤独になったとき、心の穴を埋めるものとしてオンラインに依存する傾向が高くなるのかもしれない。
というのも、2016年のトランプ大統領の一期目の選挙のときは、若い世代は民主党支持のほうが多かったのに、昨年の大統領選では、民主党よりトランプ支持派のほうが多くなっていたんですよ。何が彼らを変えたのか? その間に何があったのか? といえばコロナ禍です。
S コロナ禍で孤独を感じた人たちが増えたんですね。それで若者、特に男性がオンラインに心の拠り所を求めたと。
M はい。マノスフィアのインフルエンサーは、誰からも相手にされないとか、女性にモテないと感じている男性たちの負の感情を利用しているところがあると思います。「フェミニストの女たちがすべての元凶だ」みたいな発言をすれば、孤独な彼らの溜飲が下がるとわかっていてやっているところがある。
S 自分が利用されていることに気づくことができればいいけれど、エコーチェンバー現象(SNSで自分と同じ意見の人をフォローする結果、自分の意見が肯定され、社会一般においても正しいと信じてしまうこと)に陥れば、それも難しい。むしろ差別感情をあおられて、どっぷりハマっていくことになるんでしょうね。
レッドピル、ブルーピルと、『マトリックス』の関係とは!?
M そういえば「アドレセンス」で、女の子がレッドピルの絵文字を使っていましたよね。レッドピル、ブルーピルの概念って、映画『マトリックス』(’99)から来ているって知っていました?
S ええっ、そうなんですか!? 捜査している刑事さんが確かにそんな話をしていましたが、……。
M 『マトリックス』の中では、赤いピルを飲めば、真実の世界に覚醒して、青いピルを飲めば、仮想現実(マトリックス)の世界で平和的に暮らし続けるということになっているんですね。それで主人公は、赤いピルを選択して、人類をコンピュータの支配から解放するために闘うというストーリーでした。
S それがマノスフィアとどんな関係があるんですか?
M マノスフィアは、ジェンダー平等や差別撤廃を目指す現在の社会こそが仮想現実だと考えているんですね。その中でレッドピルを飲んだ人だけが真実の世界に目覚めると。そして女性ばかりが優遇され、迫害されているのは男性であることに気がつくという論理なんです。彼らに言わせたら、僕なんかは、「ブルーピルを飲んだやつ」ってことになる(笑)。
S そういうことでしたか! マノスフィアは、ディストピア的な世界観を描いたSFと親和性が高いんですね。でも、そういう概念のつくり方がサブカル好きな若者も巻き込んでいる気がします。
M 怖いですよね。
S でも、これは欧米に限ったことではないですよね。日本でも先日、三重県の女性県議会議員が、生理用品もトイレットペーパーと同じように、どこのトイレにも置いてほしいとSNSで訴えたところ、「わがままだ!」「自分で持ち歩け!」という誹謗・中傷のメールが殺到して、殺害予告まできたそうです。女性蔑視、ミソジニー的な人々が少なくないことに恐ろしさを感じました。どうしたらこのような風潮を変えていけるのでしょうか。単にSNSとのつき合い方を学ぶというだけでは解決しない気がします。
M 本当に難しい問題で、フェミニズムとマノスフィアの断絶は大きすぎて簡単には埋まらない。ただ、お互いに「アイツらはおかしい!」と切り捨ててしまうと、さらに溝が深くなるだけなので、なぜそう思うのか、お互いの思考をよく理解することがまずは第一歩かなと。そして男性がもし孤独を感じているなら、やはりケアする必要がある。女性にケアが必要なように、男性のことももう少しフォローする必要があるのかなと思います。
あとは教育。他者をリスペクトする姿勢や、物事を俯瞰して見る知性を身につけることが大事だと思うけれど、それにはどういう教育が必要なのか、僕にはまだわかりません。これからもっと勉強して考えてみたいと思っています。
S はい、教育問題、連載でもあらためて取り上げたいと思います!