M: Marius
S: SPUR
S 今月はマリウスさんが10月にニューヨークに行ったときのお話を伺おうと思います。まず、ケイト・スペード ニューヨークが開催した「女性のメンタルヘルスのためのグローバル サミット」(第4回)にスピーカーとして参加されたそうですね。いかがでしたか?
M とても貴重な体験でした! ケイト・スペード ニューヨークはもともと女性のメンタルヘルスに力を入れているんですが、2024年に「女性のメンタルヘルスのためのグローバル基金」を立ち上げたんですね。そして、このサミットも年々規模の大きなものになっているようです。
出席者にはメンタルヘルスの専門家もいれば、オリンピックの金メダリスト、作家、俳優、デザイナー、企業の人事担当者……など多彩な顔ぶれで、臨床医の講演を聞いたり、数人でパネルディスカッションをしたりと一日がかりのイベントで。場所は『ニューヨーク・タイムズ』のビルの中のホールでした。
S それは大規模ですね! そんな中でマリウスさんが日本からのスピーカーに選ばれたのはすごいことです。どんなお話をされたんですか?
M ブランドの理念として、女性が自分らしいVoice、Choice、Powerにアクセスするには、良好なメンタルヘルスが欠かせないという考え方があるんですね。その中で僕はVoiceパートのパネルディスカッションに参加して、自分の心の声の見つけ方や、自分の本音を見つけることがメンタルヘルスの改善にどうつながるのかということについて、自身の体験をもとに話しました。
僕以外のスピーカーは、ユニセフのメンタル部門のディレクターの方や、ブロードウェイの役者さん、ニュージーランドの著名なメンタルヘルスの専門家の方がいて、その中で「なんで僕?」っていうのはあったんですけれど(笑)、「マリウスにはマリウスにしか伝えられないストーリーがあるんだよ」と言われてお引き受けしました。
会場に集まった方々は、そもそも僕のことを知らない人がほとんどだったので、まずは自己紹介からスタートして。ドイツで生まれて、10歳から日本でアイドルとして仕事をしていたこと。歌ったり踊ったりするのは好きだったけれど、気がついたら自分のVoice、心の声を認識できなくなっていたこと。そして子どもの頃からエンタメ業界で仕事をすることで、メンタルヘルスにどんな影響を及ぼすかについて話しました。
S まさにマリウスさんにしか話せないお話だと思います。
M 参加者には同じ業界で仕事をしている人も多くて、あとからいろいろな人に「すごく共感しました」「あなたの言葉が胸に刺さりました」「ハグしていいですか」と声をかけられて。自分の声がちゃんと届いたんだなと実感できて、すごくうれしかったですね。改めて「これからもこういう活動を続けていこう」と思いました。
風に揺れる木々を見ると、自然と心が穏やかになる
M今回そのサミットで、すごく素敵な言葉に出合ったんです。「glimmer」という言葉なんですけれど。
S グリマー、聞いたことがないです。
M「トリガー」は、皆さんもわかりますよね? 直訳すると「引き金」で、心理学的には、過去のつらい記憶やトラウマとなっている出来事を思い起こさせるきっかけのことをトリガーと言います。グリマーはその逆の意味で、トリガーがストレス反応を引き起こす引き金だとしたら、グリマーはポジティブな反応をもたらすもののこと。落ち込んだり、イライラしたときに、自分を落ち着かせて、安心させてくれるきっかけになるものなんですね。そういうグリマーを日常的に取り込むことで、気持ちが高ぶったときも本来の自分を取り戻して、穏やかな時間が過ごせるようになるというわけです。
S まさに心のお守りですね! グリマーになるものは何でもいいんですか?
Mそう、人によって違っていいんです。ディスカッションでもグリマーについて聞いたら、ある人は犬との散歩だったり、ある人は音楽を聴くことだったり。コーヒーという人もいました。香りをかいだ瞬間、ふっと心がほどける感じ、僕もわかります。大きな意味でハッピーになることは難しくても、その一瞬で自分を取り戻すことができる——そんなグリマーを持つことは、メンタルヘルスを保つのにとても大事だなと思いました。
S 本当ですね。マリウスさんのグリマーは何ですか?
M僕にとってのグリマーは、自然を見ることです。街を散歩しているときや車に乗っているときも、木々が風で揺れていたり、木漏れ日がきらめいていたりするのを見ると心が落ち着くんです。それで「ニューヨークは木が少ないですね」って言ったら、みんな笑っていました。読者の皆さんも自分にとってのグリマーをぜひ見つけてみてください!
S なるほど、私も探してみます!
ヘルパーロボットが主人公のミュージカルに号泣
S 今回は学びの多い旅だったんですね。
Mはい。サミットのあとには舞台を2本観ることができて、それもすごく考えさせられる内容でした。ひとつは韓国発のミュージカル『Maybe Happy Ending』。今年のトニー賞のミュージカル部門で、作品賞、主演男優賞、脚本賞など6部門を受賞して話題になったので観てみたかったんですよね。
S 以前、日本でも日本人キャストで上演されていましたね。どうでしたか?
Mこれがめちゃくちゃ感動して! ロボットが活躍する近未来ものなんですけれど、主人公は古くなって主人に捨てられたヘルパーロボット・オリバーで、郊外の旧型ロボット専用アパートで暮らしているんです。でも、オーナーに捨てられたと思ってなくて、いつか自分を迎えに来ると信じている。
S もうそれだけで切ないです。
Mそうなんですよ。アパートで暮らすロボットは、みんなそれぞれにストーリーを抱えていて、向かいの部屋に住む女性のヘルパーロボット・クレアは、女性オーナーの恋人に好意をもたれてしまったことからリタイアさせられていたり。人間のエゴに振り回されて、ロボットたちはひどい目にあっているんですね。でも、そんな中でもロボットは、人間が失くしかけている純粋さみたいなものを持っていて、それがすごく切なくて悲しくて。済州島でホタルを見るシーンが美しくて、何度も号泣してしまいました。
S 韓国のエンターテインメント、さすがのレベルですね!
Mもうひとつは今年のローレンス・オリビエ賞にノミネートされたポリティカルミステリー『KYOTO』。1997年に京都で行われた気候変動に関する国際会議(COP3)の舞台裏を描いた演劇で、これもめっちゃ面白かったです。
S COP3といえば、先進国における温室効果ガスの削減を世界で初めて定めた「京都議定書」が採択されたことで知られる会議ですよね。
Mそうですね。主人公はアメリカの石油業界出身のロビイストで、石油業界のためにも温室効果ガスの削減案をなんとか阻止しようと動くんです。条約文の言葉を細かく変えて、強制力をなくしてみたりして。一方、太平洋の小さい島国の人たちにとって、海面が上昇することは国の存亡にかかわるので、とても深刻に受け止めている。その攻防を描いた作品で、ロビイストを通して人間の欲や業があらわになっていて見ごたえがありました。
S 社会派の作品で勉強にもなりそうです。これは実際にあった話なんですか?
Mそうみたいです。それでも最終的に世界中が合意して、京都議定書を採択できたことは歴史的快挙だと思うんですね。今アメリカは、このとき以上に環境保護と逆の方向にいっているし、世界中が混乱していて環境への関心が下がってきている面もあるけれど、大事なことを見失ってはいけないなと思いました。エンターテインメントの世界でもAIや環境をテーマにしたものが増えていますね。皆さんも機会があればぜひ観てみてください!



