ターゲットをバッシングし「正義の制裁」を加える人々。なぜ、他人を叩くことに人は夢中になってしまうのか。どうしたら、この流れを止めることができるのか。マリウスさんと考えた
M: Marius
S: SPUR
S 新しい年になって、初めての取材ですね。年末年始、マリウスさんはどう過ごされたんですか。
M 去年、兄が結婚して、スペインで結婚式を挙げたことをこの連載でも話したと思いますが、年末に日本での結婚式があったんです。式場が明治神宮で初めて神道式の結婚式に参列したので、いろいろな儀式があって、すごく興味深かったです。
S それは貴重な経験ができましたね。
M そこから家族で白馬に行ってスキーをして。ラクレットの道具を持っていって、みんなでラクレットも食べました!
S ラクレットって、溶かしたチーズを野菜とかにかけて食べる料理ですよね。
M そう。スイスとかフランス、ドイツでは年末年始に集まるとラクレットをやる習慣があるんです。ラクレットの道具、小さいサイズもあって持ち運びもできるし、めっちゃ便利だから、みんなもぜひ買ってほしい(笑)。
で、お正月は神戸にある母方の祖母の家に親戚で集まって、おせちを食べて書き初めもしました。毎年「今年の漢字」というのを書いているんです。
姉は「許」。自分に対して、「何でも好きなようにやっていいよ」っていう許可の意味ですね。
S マリウスさんは?
M 僕は「道」。目標へたどり着くまでの道のりが大事だなと思って。いろんな道を探究したいと思うし、その過程で成長したいと思うし。「未知」の知識を得たいという思いもこめました。
S 素敵です。今年の漢字を書くことで目標も定まるし、毎年やることで自分を顧みることができていいですね。来年はやってみようと思います!
「ゴシップ好き」は、人類の性だった!?
S さて、今月のテーマですが、「ネット空間の誹謗中傷」問題についてですね。
M はい。これはもうずっと前から言われ続けていることですけれど、年々ひどくなっているような気がするんです。何かひとつ問題が起きると、「死ね」「消えろ」など口汚い言葉で、とことん叩いて問題が拡大していく。ときには個人の名前や自宅までも特定して、ネットに「さらす」。どこまで過激になっていくんだろうと心配で。
S 実際、日本ではネットの誹謗中傷の相談件数は、年々増加しているようです。
M どこの国もそうでしょうね。たとえば昨年アメリカで炎上したのが、コールドプレイのライブ中に大型スクリーンに映し出された不倫カップルです。仲よくバックハグしているところが映し出されてしまったのですが、じつは男性は大手のIT企業のCEOで、女性が同社の最高人事責任者。あっという間に二人は特定され、激しくバッシングされて、結局両者とも職を辞任しました。
S スクリーンに映し出されたとたん、顔を覆ったり、フレームアウトしたりする二人のリアクションは、動画サイトでもパロディが作られて、さんざんいじられてしまいましたね。
M もちろん不倫はよくないことだし、倫理的には間違っていると僕も思います。傷つく家族のことを考えたら「絶対に許せない!」と怒る気持ちもよくわかる。だけど法律で裁かれるような犯罪ではないですよね。
それに男性は既婚者だったけれど、もしかしたら夫婦関係がすでに破たんしていて別居中だったかもしれない。もしくは奥さんとはオープンリレーションシップの関係で、パートナー以外の人との恋愛が自由だったかもしれない。そういう個人の事情も知らずに「最低な人間だ」と決めつけて人格攻撃をするのはやっぱり違うと思うんです。
S そうですね。でも一度、炎上するとどんどん歯止めがきかなくなってしまいますよね。過去には誹謗中傷がエスカレートして相手を追いつめて、自死に追い込んでしまうような痛ましい事件もありました。また、攻撃対象が間違って特定されて、まったく関係ない人や会社がバッシングに遭ってしまうというケースも少なくありません。
M 怖いですよね。
S だけど、なぜ人は、他人を叩くことに夢中になってしまうんでしょうね? 「人の不幸は蜜の味」という言葉があるように、噂話は楽しいということなのか……?
M イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』によると、ゴシップは人類にとって、大事な役割を果たした面もあるというんです。たとえばパートナーを選ぶとき、「この人はどんな人なのか」ということを知る必要がありますよね。特に女性は、「どの男性が狩りがうまいか」とか、「この男性は浮気性だから、この人の子どもを産むのはやめよう」とか見極めないといけない。だから村のゴシップには、敏感じゃないと生きていけなかったと。
S 「ゴシップ好き」はかつて人類が生き抜くために必要な特性だったわけですね。
M それと人間を含む生物には、異質な存在や敵を攻撃する本能的なメカニズムがあって、自分と反する考え方の人を攻撃するとドーパミンが分泌されるらしいです。
S それ、脳科学者の中野信子さんの『新版 人は、なぜ他人を許せないのか』でも読みました。
M 自分の規範から逸脱する人、ルールを破る人に対して、SNS上で「正義の制裁」を加えたときもドーパミンが出るので、やがて中毒になって止められなくなっていくのだとか。特に日本は同調圧力が強い社会だから、ルールからはみ出した人へのバッシングが激しい気がします。
S いわゆる〝ネット自警団〟みたいな人たちですよね。
M 「自分の正義」がすべてで、それでしか物事が測れない。自分とは違う異質なものを排除していく。今の世界の空気感そのものですよね。
ネットでの拡散・炎上が、ときには力になることも
M ただ、ネットでの批判がすべてNGかというと、そうではないと思うんです。犯罪被害に遭っても立場が弱くて声をあげられない人や、声をあげても上からの圧力でもみ消されてしまうような場合には、SNSが有効に働くこともあります。その内容がショッキングであればあるほど、投稿は広く拡散されて無視できない力になる。
S そうですね。数年前、元自衛官だった五ノ井里奈さんが、男性隊員たちから性暴力を受けたと訴える事件がありました。当初、彼女の話は大手マスコミにはまったく取り上げてもらえなかったのですが、動画サイトでのインタビューがSNSで話題となり、拡散されて、大きなうねりとなっていきました。自衛隊という巨大な組織を相手に、ひとりの若い女性が闘うことができたのはSNSの力もあったかなと思います。
M アメリカの#MeToo運動や#BlackLivesMatter運動もそうでした。だから大きな力に変えていくべき批判と、そうするべきでないもの、その線引きって本当に難しい。以前、回転寿司店の店内で、高校生がテーブルの湯飲みや醤油差しに口をつけるといった迷惑行為を投稿して大炎上しましたよね。高校生たちの名前や学校が特定されて、自主退学。昨年も同じようなケースがありました。ここまでやるのが、果たしていいのか、悪いのか。
S 絶対にやってはいけないことではあるし、この投稿によってお店はお客さんが減って大打撃を受けたわけなので、問題提起すべき事象ではあったかもしれない。でも、高校生たちはネットに一生消えない傷が残ってしまいましたよね。
M 個々人の判断やリテラシーが問われるところです。ただ、このような場合も相手の人格を否定するような書き込みは、やっぱりダメだと思う。起きた問題に対して、「これはよくないよね」という批判・批評はいいけれど、「こいつらクズだ」みたいな誹謗中傷はやっぱりやめるべき。出来事と人を分けて考える必要があります。また、自分の正義をふりかざして制裁を加えようとするのではなくて、なぜその問題が起きたのか、社会的な背景などについて、引いた目線で考えてみることも大事だと思います。
S ドーパミンに惑わされず、一度冷静になることが大切ですね。
M はい。衝撃的なニュースを見て感情的になってもすぐに発信しないこと。フェイクニュースの可能性もあるし、別の角度から見たら全然見え方が違うかもしれない。一呼吸置いて、いくつかのニュースサイトを確認したほうがいい。誰でも自分の意見を自由に表現する権利があるけれど、ネット暴力にならないように気をつけたいです。




