一枚のアルバムとの出合いから始まる、"私的"な音楽の旅。多彩な音が育む、新しいカルチャーの萌芽を目撃せよ! 『Space Heavy』 King Krule 『Space Heavy』 King Krule¥2,640/XL Recordings ここ数年の音楽シーンを賑わせている多くのアーティストに共通するポイント。それは彼らの拠点がイギリスのサウスロンドンという街だということだ。ブラック・カントリー,ニュー・ロード、アーロ・パークス、ロイル・カーナー、プーマ・ブルーなど、挙げればキリがないほど多くの才能がこの街で生まれ、世界中の音楽好きを今現在も魅了し続けている。もともと、アフリカやカリブからの移民が多く住んでおり、ナイトクラブを中心にさまざまなカルチャーや、流行の発信源となっていた地域だ。 多数のミュージシャンを輩出し続けるサウスロンドン界隈の中でもひときわ強い個性を放っているのがキング・クルールことアーチー・マーシャルだ。16歳の若さでデビューし、シーンに衝撃を与えた彼の音楽は、ロックやパンク、ジャズ、ダブステップなど、実に多彩なジャンルのサウンドが混在した、非常に折衷的かつ抽象的な響きをしている。歪んだギターや、色気のあるサックスの音色、唸りや叫びにも似たざらついた質感のボーカル。全体的にリバーブがかかった、どこかモヤモヤとした音は、まるで地下にあるジャズバーから聞こえてくるような仄暗く怪しい雰囲気を醸し出すようだ。 最新アルバム『Space Heavy』は、彼のこれまでの作品のよさをギュッと凝縮し、"孤高の天才"という異名にぴったりな、完成度の高い一枚。ロンドンとリバプールを行き来しながら制作したという今作は、彼がその移動中に魅了された「間に存在する空間」という概念をテーマにして作られている。これまで孤独や闇について歌ってきた彼も父親となり、子どもへの愛やつながりに触れ、人間味が増し、より優しくマイルドな響きへと変化していたのが印象的だった。夢と現実のはざまを漂っているような、夜と朝の間をさまよっているような、何とも心地いい揺らぎを感じるサウンドは、彼なりの子守歌のようにも感じた。ほかの誰とも違う唯一無二の個性を持つキング・クルールという存在。ぜひその卓越したセンスを体感してみてほしい。 HASHIMOTOSAN(ハシモトサン) ジャンルや国、時代を問わずさまざまなミュージシャンを愛する音楽マニア。今注目すべき、Itなアーティストを紹介する自身のTwitter(@hashimotosan122)にファン多し。 【HASHIMOTOSANの"雑食"音楽紀行】TOPへ 2023年8月のおすすめ音楽 『Ina Crueler』 Bricknasty 配信中/The Orchard 近年多様な出自のアーティストが音楽界を活性化させているアイルランド。ブリックナスティも人種ミックスの新人バンドだ。このEPではジャズをベースにしたスリリングな折衷サウンドで、メンバーの故郷の町にオマージュを捧げる。 『Supermodels』 Claud ¥2,640/Big Nothing ノンバイナリーのアメリカ人シンガー・ソングライターは、ギターをラフにかき鳴らしながら、人間関係に生じる亀裂をじっと見つめるセカンドを完成。そこからにじむ苦しみや哀しみを、優しいメロディと飄々としたユーモアで中和していく。 『Petals To Thorns』 d4vd ¥2,750/Universal Music テキサス出身の18歳、d4vd(デイヴィッド)が初来日を前に本邦デビュー。スマホのアプリで作られていながら、彼の曲は驚くべき完成度を誇り、ソウルからインディ・ロックまで曲ごとにジャンルを塗り替えて、愛の痛みをこまやかに描く。 【HASHIMOTOSANの"雑食"音楽紀行】をもっと読む 【フローティング・ポインツ】自宅とダンスフロア双方を揺らす、電子音楽の最先端【HASHIMOTOSANのおすすめ音楽】 【テムズ】愛と希望、苦悩を世界に届ける、アフリカの歌姫【HASHIMOTOSANのおすすめ音楽】 【クレイロ】早咲きのベッドルームポップから、大人のソウル・ジャズへ【HASHIMOTOSANのおすすめ音楽】 【チャーリー・XCX】ポップアイコンが提示する、クラブサウンドとの新たなる交差【HASHIMOTOSANのおすすめ音楽】 【ベス・ギボンズ】加齢を受け入れ、別れと向き合う葛藤と現実を歌う【HASHIMOTOSANの"雑食"音楽紀行】 【ビヨンセ】アメリカ音楽の歴史を、多様な視点で再解釈する旅【HASHIMOTOSANの"雑食"音楽紀行】