一枚のアルバムとの出合いから始まる、"私的"な音楽の旅。多彩な音が育む、新しいカルチャーの萌芽を目撃せよ! 『Javelin』 SUFJAN STEVENS 『Javelin』 SUFJAN STEVENS¥2,750/Asthmatic Kitty 音楽に限った話ではないが、創作者の思いが込められた作品は受け手の心を大きく揺さぶり、記憶に深く刻まれる。そのメッセージが悲しみや怒りなど負の感情によるものならば、心への響き方はいっそう強まるだろう。 スフィアン・スティーヴンスはこれまでのキャリアの中で、自身の実体験や人生観、感情の起伏などを赤裸々に歌詞に綴り、歌ってきた孤高のシンガーソングライターだ。母親の死をテーマにしたアルバム『Carrie & Lowell』や、青年同士の切ない恋愛模様を描いた映画『君の名前で僕を呼んで』(’17)の主題歌である「Mystery of Love」などに見られる彼の生み出す音はシンプルで美しい。 しかし、一方でそのサウンドには複雑な感情の動きを表現した歌詞が組み合わさり、生々しい響きに昇華されている。彼の最新アルバム『Javelin』は、これまでの作品で挑戦してきたさまざまなタイプのサウンドへのアプローチをすべて活かした、集大成といえるような仕上がりになった。作詞作曲、歌唱はもちろんのこと、ギターやピアノ、ドラムなど、用いられている楽器の演奏をほとんどスフィアン自身が行なっている。これほどまでに重層的で、豊かな響きを、たった一人で奏でることができる音楽家としての才能には改めて驚嘆した。 彼は今作のリリース直前に、難病と闘っている最中であることを明かした。その後、このアルバムが今年4月に亡くなったパートナーに捧げた一枚であることも公表。肉体的、そして精神的にも想像を絶する大きなダメージを負っているはずの彼が発表したのは、自身の傷ついた心を癒やすような優しくやわらかなフォークサウンドだった。つらさや弱さを吐露した悲痛なメッセージを映した歌詞でありながら、それを伝える彼の歌声から漂うのは悲壮感ではなく包み込むような温かさだ。そして、"槍投げ"を意味するタイトルの通り、聴く人の心の奥底まで突き刺し、衝撃を与えるような言葉。身も心も冷え切る冬の季節に一人でひっそりと聴きたい、今年最も切なく、そして味わい深い作品のひとつだと言えるだろう。 HASHIMOTOSAN(ハシモトサン) ジャンルや国、時代を問わずさまざまなミュージシャンを愛する音楽マニア。今注目すべき、Itなアーティストを紹介する自身のX(旧Twitter): @hashimotosan122に熱烈なファン多し。 2023年12月のおすすめ音楽 『mirror in the gleam』 Kin Leonn ¥2,970/KITCHEN.LABEL キン・レオンは、東南アジアにルーツを持つ注目アーティストたちとのコラボで知られる、シンガポール人プロデューサー。新作には生き物みたいにうごめく音の粒を集めた、アンビエント曲が満載。耳に優しく触れ、古い記憶を呼び起こす。 『The Twits』 bar italia ¥2,420/Matador 今年2枚目のアルバムを完成させた、ロンドン出身のトリオ。全員がシンガーでもあり、3人が思い思いに主張する三つどもえのノイズの中から、ひとつのエモーションを紡ぎ出していく。そのスリリングなプロセスに、引き込まれずにいられない。 『512』 William Eggleston ¥2,640/Secretly Canadian 音楽をこよなく愛する、現代米国を代表する写真家が、84歳にしてセカンドを完成。今回は幼い頃に弾き始めたピアノに立ち返り、名曲のカバーや即興作品を自宅で演奏する姿を封じ込めた。外の世界と隔絶したそのミニマルな美に圧倒される。 【HASHIMOTOSANの"雑食"音楽紀行】をもっと読む 【ジョーディー・グリープ】気鋭の若手が挑む、UKロックとブラジル音楽の未知なる融合【HASHIMOTOSANのおすすめ音楽】 【フローティング・ポインツ】自宅とダンスフロア双方を揺らす、電子音楽の最先端【HASHIMOTOSANのおすすめ音楽】 【テムズ】愛と希望、苦悩を世界に届ける、アフリカの歌姫【HASHIMOTOSANのおすすめ音楽】 【クレイロ】早咲きのベッドルームポップから、大人のソウル・ジャズへ【HASHIMOTOSANのおすすめ音楽】 【チャーリー・XCX】ポップアイコンが提示する、クラブサウンドとの新たなる交差【HASHIMOTOSANのおすすめ音楽】 【ベス・ギボンズ】加齢を受け入れ、別れと向き合う葛藤と現実を歌う【HASHIMOTOSANの"雑食"音楽紀行】