2022.10.08

円安が進む時代の"セーフスペース"【UMMMI.の社会とアタシをつなぐ音】

円安が進む時代の"セーフスペース"【UMの画像_1

うみ●1993年東京都生まれの映像作家。これまでに、愛、ジェンダー、個人史と社会をテーマに作品を発表。ルイ・ヴィトンやナイキなどとの仕事の傍ら、音楽好きな一面を生かしミュージックビデオの制作も行う。

vol.20 円安が進む時代の"セーフスペース"

円安が進む時代の"セーフスペース"【UMの画像_2
『Love Power A-to-Z』
Instupendo

Instupendoの「Love Power A-to-Z」を聴くと、アタシが初めてこの曲を聴いた1カ月前に引き戻される。階段から落ちて大怪我をした翌日に、まだ血の乾かない足を引きずって、暗闇の中でほとんど静寂にも似た音楽を聴きに行った。DJが最後にこの曲を、オリジナルよりもさらにBPMを落としてスローモーションで流していた。その瞬間、自分の人生を認識するスピードも、階段から落ちたときと同じようにドラマティックにスローダウンされた気がした。ああ、特別な瞬間は、細部まで記憶できるくらいゆっくりなのに、どうしてそのあとの日々は一気に加速してゆくのだろう。陶酔感のあるエレクトロニックサウンドは、湧き上がるさまざまな感情を受け止めてくれる懐深い魅力がある。Instu pendoが住むアメリカに想いを馳せる。国の金融引き締めによってドルの高騰、円安が加速している現在。「円安で日本復活」という言葉はアベノミクスのときに語られたものだが、今では円安のせいで物価は上がる一方で給料は変わらず、さらに生きづらい世の中になってきている。7月の事件は衝撃的ではあったけれど、アベノミクスは失敗だったという事実を認めることもなく、この状況下でアタシたちの税金を使って国葬をしようとしている。怒らずに生きていくことはもはや不可能なところまで来ちゃっている。でも、こんな問題だらけの社会で、どこまでもナイーヴで透き通るInstupendoの曲を聴くと、ひとりだけの安全な場所にキュッとこもることができるような気持ちになる。たとえ怒りを抱えながらでも、本来の自分でいられる"セーフスペース"との間を行ったり来たりできるのは、音楽があるからだ。音楽だけが自分を救ってくれると、少しナイーヴな気持ちになる。なんてひどい社会だって嘆きたくなる毎日だけれど、つらくなったら、アタシたちの側には、音楽っていう美しいものが存在しているのを思い出してほしい。

MONTHLY SELECTION

『Nymph』
Shygirl

9月30日配信開始/Virgin Music LAS
"Shy"という形容詞からはほど遠いファーストを送り出すのは、モード界からも注目を浴びる英国のシンガー・ラッパー・DJだ。自分の欲望に正直な彼女は、プレイフルなエロティシズムを非日常的なダンスポップに昇華。アルカやムラ・マサと作ったエクスペリメンタルなビートと妖艶な声で、聴き手を誘惑する。
『I Love You Jennifer B』
Jockstrap

¥2,420/Beat Records
ロンドン発、ブラック・カントリー・ニュー・ロードの一員でもあるジョージアと、同じ音楽学校で学んだテイラーのデュオがアルバムを完成。彼らが披露するのは、クラシックやフォークやテクノを巧みにつないだ、ハイスペックなポップ。ジョージアの自由奔放な歌が、エキセントリシティを強化している。
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