イートン校といえば英国の王族や貴族御用達の世界で最もアッパーな全寮制の超名門校。極東の平民からすると距離的にも身分的にもはるか遠い世界ですが、果敢にもイートン男子をモデルに写真を撮った日本人カメラマンがいます。大串祥子さんは、もと電通のクリエーティブ出身というエリートながらロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーション写真学部に留学して写真を学び、卒業制作でイートン校の生徒を撮影。その作品が注目され、近代五種の選手やドイツの軍隊など他の分野の美青年も収録した写真集「美少年論」(佐賀新聞社)も出版されました(ヴァニラ画廊で11月29日まで個展開催)。
その大串さんに、このアートセレブというテーマにぴったりな、イートン校の秘められた世界についてお話を伺いました。
「イートン校には美少年がたくさんいました。やはりお金持ちだと奥さんも美人だからでしょうか」
写真を見ると日本の名門校みたいなメガネでヒョロヒョロした男子の姿はなく、皆さんほどよくマッチョで文武両道オーラをかもしだしています。スタイルがよく、燕尾服の制服を素敵に着こなしていて、どこに出しても恥ずかしくない少年たち。そんな美少年パラダイスで大串さんの心をとらえた一人の少年が。ある日、美術室でひとりで残って絵を描いていたティムくんです。
「このかわいい子は誰? と思って、先生に撮影したいと言ったら、彼は札付きの悪い子だから……と難色を示されました。飲酒、喫煙、外泊などで4回も校長室に呼び出された問題児で、トイレ掃除の刑を言い渡されたこともあるそうです」
日本のヤンキーに比べたら全然かわいいですが、厳格なイートン校では異端児なのでしょう。
「でも話してみると普通にいい子でしたよ。ポケットにはタバコが入っていたけどハンカチに包んでいて、あ~お坊っちゃま、と。育ちのよさを感じました」
イートンでは誰もがハンカチ王子の品格を持っているんですね……。
写真集の表紙やDMになっているのもティムくんです。
「撮ってるとき他の級友にからかわれたら、僕は表紙になるんだ、って言ってました」
ちなみに絵が好きなティム君は、その後アートの道に進んだり……?
「いえ、イートンの子は基本的に家業を継いだり金融系や弁護士になったりするので、例え音楽やアートの才能があっても趣味程度にとどめる傾向があります。恵まれているようで自由がない、彼らのように運命づけられた苦労があるのが美少年の条件だと思うんです。ちょっと不幸なところに魅力を感じます」
厳格そうな先生に外出許可をもらいにきたいたいけな少年の写真にも萌えます。そして花で飾った帽子をかぶってテムズ川で少年たちがボートをこいでいるシーンはこの世のものとは思えない美しさです。
「日本の男子校生がやったら絶対似合わないですよね。この前テレビで○○(日本の名門男子校)に密着とかやってましたけど、体育祭でバク転失敗して泣いたりしてて見苦しくて……。まだ勉強だけやっててほしいですね」
やはり世界トップレベルの男子を知ってしまうとどうしても辛口になってしまう……。イートンはなんといってもイギリスの王子たちが通った学校なので最強です。
「文化祭みたいなオープンデーで水球の試合を撮影したら、たまたまウィリアム王子が写りこんでました」
王子も級友たちも筋肉が付いてて立派な体躯です。そしてもっと王子のDNAを感じられる写真が……。
「寮長さんの書斎でたまたま付け襟が置いてあるので撮影し、あとでよく見たらウィリアム王子の名前が書いてありました」
たしかに、HRH Prince William of Walesとあります。名前の前のHRHは、His Royal Highnessの略だそうで、自分で王子とか殿下を自称していてさすがです。そして畏れ多くも襟に黄ばみが……。きっとこの汚れにもロイヤル遺伝子が凝縮されているのでしょう。
他にも、壁と戦うウォールゲームというイートンに300年伝わるなぞのゲームや、卒業生が自分の写真をミニサイズの板人形にするシステム(ヤフオクに出したら一体一万円くらいで売れそうです)、学校が広すぎて休み時間に重い教科書をその辺に置いてダッシュで教室移動する風習など、興味深いお話をいろいろ伺うことができました。
いま、あれから十数年経ってイートンの男子たちと交流は続いているのでしょうか。そう聞くと大串さんは「絶対Facebookは見ないようにしています。もし美少年がパブにいるようなオヤジになってたらショックで息絶えてしまいます!」と、おっしゃいました。ウィリアム王子の変化を見ると、そのお気持ちもわかります。美少年の旬は短いです。でも大串さんが撮影した少年たちは、写真の中で永遠に美しい姿のまま、人々の記憶に焼き付けられることでしょう……。
大串祥子展「美少年論 Men Behind the Scenes」
11月17日(月)~11月29日(土)
ヴァニラ画廊にて開催
http://www.vanilla-gallery.com/archives/2014/20141117a.html
辛酸なめ子
漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は「妙齢美容修業」(講談社文庫)「辛酸なめ子の現代社会学」(幻冬舎文庫)。twitterは@godblessnamekoです。